人間の皮膚や血液から作り出すiPS細胞を再生医療に役立てようと研究している山中伸弥・京都大学iPS細胞研究所所長(CiRA、サイラ)は11日、日本記者クラブで「iPS細胞研究の現状と課題―橋渡しハブとしての財団設立」と題して講演した。
「これまでiPS細胞を使った再生医療で日本は世界の先頭を走っている。加齢黄斑変性症などは手術まで行われてきているが、臨床までには多くの資金と時間が掛かる。この資金を集めるために民間企業に橋渡しするハブとして財団を設立したが、財団への寄付が増えたからといって政府からの支援を減らされると困る」と述べた。
研究開発に膨大な資金と期間
やまなか・しんや 1962年生まれ。87年神戸大学医学部卒業。96年大阪市立大学医学部助手、2004年京都大学再生医科学研究所教授、10年から京都大学iPS細胞研究所所長、12年ノーベル生理学・医学賞受賞。国内のマラソンに何回も出場して寄付金活動も行っている。大阪府出身(写真・日本記者クラブ提供)
研究の現状については「加齢黄斑変性症では14年に患者自身のiPS細胞を使った手術が行われた。心不全や脊髄損傷の臨床の承認もされ、少子高齢化で将来不足が予想される献血を補うものとして血小板を作る研究も進んでいる。しかし、自分の体から作るiPS細胞は膨大なお金と時間が掛かり、加齢黄斑変性症の患者の場合、1年で1億円がかかるなど、問題点も分かった」と指摘した。
iPS細胞バンク
この課題を解決するために他人の細胞を使ってiPS細胞を作り、ストックしておくバンクを作ることになった。「他人からこの細胞を作ると、移植の際に免疫が拒絶反応を起こすため、最も多い免疫型(HAL)を持っているホモドナーからiPS細胞を作ることにした。
この結果、日本人の約40%に対して免疫拒絶反応がなくiPS細胞を移植できるようになった。この細胞を使えば、高齢者の多い患者に対して肺炎などの副作用の心配がある免疫抑制剤の使用を少なくできるため、患者の負担も大幅に減らすことができる」と日本で生まれた画期的な技術だと説明した。
この細胞を使って、18年にパーキンソン病、19年4月には加齢黄斑変性症、同年8月には角膜上皮細胞疲弊症の手術が行われたが、副作用もなく経過は良好だという。しかし、残りの60%の患者にも使える免疫型を備えたiPS細胞を作るのは数十年も掛かる難題が浮上した。
「これを解決するためにHALの遺伝子をゲノム編集で作り換える新しい技術が登場した。この技術を使えば日本人の70%以上の患者にiPS細胞を移植できるようになり、将来的には全世界の人を対象にゲノム編集した細胞が使えるようになる。しかしこの技術の効果と安全性についてはまだ検証されていない」と指摘した。
米国の追い上げ
これまでの研究開発では「大学などがバラバラにやっていては、資金の潤沢な米国には勝ち目がないので、京大、慶応大学、大阪大学、理化学研究所などが協力する『オールジャパン』の体制を組んで研究成果を挙げてきた。しかし、米国ではハーバード大学、マサチューセッツ工科大学(MIT)など、一つの大学で『オールジャパン』と同じくらいの研究予算と人材を集められる。ベンチャー企業がいくつもあり、大手の製薬企業と手を組んで、iPS細胞を使ってパーキンソン病の治療法を開発するなど、日本を追い上げてきている」と競争が激化している現状を紹介した。
英国やカナダも米国に対抗してこの分野の開発研究に政府が支援に乗り出しており、「日本も大学だけによる研究開発には限界がある」と強調した。
運営資金が足りない
「CiRAは国からの支援を受けて国のプロジェクトとして研究を進めてきた。年間70億円の予算だが、そのうち60億円は自由に使えないため、多くの職員は非正規雇用になっており、有能な人材を維持するのが難しい。私もマラソンを走ることで寄付活動をしているが、非常に苦しい予算でCiRAを運営している」と運営資金の足りない現状への理解を求めた。
「CiRAに対しては13年から10年計画で毎年、政府から支援を受けており、10年間で1100億円の支援が予定されている。10年後の23年には支援額が大幅に減らされるかもしれないので、その時に備えて寄付活動ができる財団を9月に設立した」と説明した。
「日本では研究に対する寄付を行うことが根付きつつある。草の根の寄付も増えている」と指摘した。その上で「寄付金がもらえるのなら、その分、政府の支援は減らすべきだ」という意見が自民党などから出ていることに対しては、「寄付金があるから支援を減らすというのは、寄付をしてくれた人に対しての『冷や水』になるので、これだけは絶対やめてほしい」と訴えた。
iPS細胞のストックは国民の貴重な財産
今後の国の支援について「CiRAが作ってきたiPS細胞のストックは国民の貴重な財産で、われわれはこれをしっかり守る使命がある。いまiPS細胞を使った臨床がいくつか行われており、これを製薬会社に引き渡すためにはあと5~10年は掛かる。またそのころには、現在、年間何兆円も医療費を費やしている人工透析が不要になる腎臓組織を再生できる新しい開発も進むので、最も楽観的に見てもあと10年間は支援が必要だ。この研究の意義を理解してもらい、100%の支援は望まないが、引き続き国からの支援をお願いしたい」と述べた。
自民党などの中にはiPS細胞の研究が一段落した段階で、支援を止めるべきだとする意見が出てきており、山中教授はこれに対して「これだけ評価されている研究に対しての支援額をゼロにしてしまうのは理不尽だと思う。われわれの説明不足もあるが、今後、支援をどうするかについては透明性のある場で議論して決めてほしい」と注文を付けた。
2019-11-12 18:53:07