キャッシュレスを拡めるためには、ユーザーの感動体験が必要だと、前回の記事でお伝えしました。今回は、その感動体験を生み出すために欠かせない"データ"に着目します。国会でもデジタル化が議論されていますが、日常での購買シーンのデジタル化をふまえた、決済業界のデータ利活用について考えたいと思います。
最近、私のよく行く店が、専用アプリをリリースしていました。店によってアプリの機能は多少異なりますが、共通しているのは会員証機能が付いていることです。レジでアプリ上に表示されたバーコード(=会員証)を提示すると、店独自のポイント付与や、購入商品情報を後で見られるようになっています。
アプリになったことで、ポイントカード(プラスチック)やスタンプカード(紙)を持ち歩く必要がなくなり、とても便利になったと感じています。とくに私が便利だと感じているのは、前述の購入商品の履歴を確認できるようになったことです。
個人データと購入商品情報のリンク
前回の買い物をした日付を正確に確認できるようなり、使いすぎを抑止したり、買ったこと自体を忘れたりするといったトラブルを防止できます。ECサイトでのショッピングでは、かなり以前からサイト上で購入履歴を確認することができましたが、ようやくサイト以外(オフライン)でも、確認ができるようになってきたのです。
購入商品自体はすでにデータ化されていましたし、レジでポイントカードを提示すれば、ポイント番号をKEYに、購入商品と個人を紐づけることもできました。しかし、ポイントカード自体が、共通ポイントの事業社に依存するものであったり、それ自体に性別や年代などのパーソナルデータが紐づいていなかったりしたため、従来のデータだけでは利活用しづらい状況であったと思います。
最近の小売業界がリリースしているアプリは、最低限の属性を登録するものが多く、登録するとすぐに会員証が発行されます。個人を特定するIDを、小売業者自らが発行することで、自社で管理するパーソナルデータと購買データによる利活用サービスが可能になります。
私自身は、まだ小売店のアプリは使い始めたばかりのためか、データが充分に利活用されているという実感はありませんが、例えば、買い替えのタイミングで、売れ筋商品のレコメンドがあれば、再来店はすると思います。デジタル化されたパーソナルデータと購入商品情報をリンクさせて活用し、個人別に恩恵や利得を与えることで継続的な来店につなげたい、それが小売業のデジタル化がめざすところだと考えています。
オンとオフの垣根をなくす設計
世界に目を向けると、中国でニューリテールという言葉が生まれたように、日本よりも先進的な取り組みが進んでいる国がたくさんあります。ニューリテールとは、アリババのジャック・マー会長が提唱した10~20年先のリテールを見据えたコンセプトであり、テクノロジーとデータが駆使され、消費者体験を最も重要視したリテールサービスです。
従来は、オンライン店舗とオフライン店舗が分断されており、オンラインからオフラインへの送客(O2O=Online to Offline)や、在庫情報や顧客情報を統合するオムニチャネルが注目されていましたが、ニューリテールではオンラインとオフラインの垣根をなくすことを前提にサービスが設計されています。
例えば、アリババグループの生鮮食品スーパー「盒馬鮮生(ファーマーションシェン)」は、店舗にいる時にアプリ内で決済を済ませ、商品を持って帰るか自宅に配送するかを選ぶことができます。このように店舗にいながらレジに並ばずに決済を行うような、オンラインとオフラインのチャネルを分断しない考え方としては、OMO(Online Merges with Offline)が注目されています。
私は、OMOのなかでも中国のビットオート社に注目しています。元々はカーメディアを運営するオンライン側の事業者でしたが、今では免許取得から買い替えまでのカーライフサイクルを運用するまでサービスを拡大しています。
ライフサイクル上の各接点を自社で抑え、生まれたデータを利活用することで次のイベント(免許取得→車の購入)への導線を、最適なタイミングでつくり出すことを可能としており、オンラインとオフラインを前提とした企業側の視点ではなく、顧客視点でのサービス展開の事例として、とても参考になるサービスです。
ビットオート社のように、横断的なタッチポイントで生まれるデータの活用として、決済データにも注目が集まっています。明確に決済データの定義は決まっていませんが、私個人としては「誰が、いつ、どこで、いくら使ったか」を意味するものとして使っています。カード保持者のお金の使い方がデジタル化されたものになるわけですが、このデータの最適な利活用方法はまだ確立されていないように思えます。
購買データの交流がポイント
確立されていない大きな理由の1つは、「どこで」を意味する店の業種と名前が正確ではないのと、名前だけではシステムは正確にどんな店なのかを判断することができないという点です。
2つ目の理由は、購買した商品の情報がないことです。それらの情報はPOSシステムにはありますが、クレジットカード会社やスマホ決済を提供する事業者側は持っていません。クレジットカードの利用明細書に購入した商品情報がないのはそれを保持していないためです。
一方で、購買した商品の情報を持っている小売事業者側は、自社の購買情報しかないのが課題です。来店の前後がわかりません。どういった目的を持って買い物をしてくれたのか、それを知ることができればカスタマーに対する成功体験を、小売事業者が今よりもっと届けられると考えています。
例えば、健康に関心の高いカスタマーがいたとします。健康になるためにウォーキングやランニングを始め、シューズやウェアを購入。いつも行くドラッグストアではサプリを購入したり、運動が定着してきた場合はフィットネスクラブにも入会したりするでしょう。
このように「健康」というカスタマーの目的を達成するまでには、これに関連した購買と、ウォーキングやランニング等の行動が繰り返されます。これらの購買と行動を全てデジタル化し、各小売業者が適切なタイミングで商品を届けることで、カスタマーへの寄り添い体験を実現することができるようになります。
健康に関連する企業同士のカスタマーに対して共通IDを与え、各企業の購買データを交流させることで、例えばスポーツ量販店でのシューズを購入したカスタマーに対するサプリやフィットネスジムへの入会案内ができるようになります。
また運動データを活用したシューズの買い替えタイミングでのレコメンドや、ドラッグストアからのサプリの提案、運動頻度に応じたお得なクーポン発行など、目的に対して企業側が応援するサービスが実現できると考えています。
共通の目的を持ったカスタマーをターゲットとする小売事業者同士のデータを交流させ、ユーザーの目的を達成するために企業が持っている商材を届けることが、データのより良い活用方法として私が考えていることです。
そして、カスタマーが企業からの特典を得るためにキャッシュレスを選ぶようになることで、拡がりの可能性もさらに膨らみ、かつ持続的に使われるようになると考えています。
2019-11-11 16:57:22