2015年にGoogle(グーグル)のCEOに就任したスンダー・ピチャイは、その翌年の開発者会議Google I/Oで、同社が「AIファースト」企業になると宣言したが、その2年前の2014年にAmazon(アマゾン)は音声アシスタント「Alexa(アレクサ)」を発表しグーグルを驚かせた。「世界の情報を整理する」というのがグーグルの使命であり、このようなサービスは本来、同社が行うべきものだった。
それから7年後の現在、グーグルは再び同様の立場に追い込まれているが、今回はさらに分が悪い。挑戦者はOpenAIというサンフランシスコの比較的小さなスタートアップで、アマゾンのような資金力のある巨大企業ではない。ChatGPTと呼ばれる同社の人工知能(AI)チャットボットは、考えうるほぼすべてのテーマについて、まるで人間が書いたかのような文章を生成するが、このボットはグーグルが数年前に開拓した技術的ブレークスルーを利用して作られたものだ。
グーグルは2年前にLaMDAと呼ばれる同様の技術を発表していたが、11月にリリースされたOpenAIのボットは、史上最速で1億人の利用者を獲得した。
さらに悪いことに、グーグルの検索分野での主要なライバルのMicrosoft(マイクロソフト)は、OpenAIに100億ドル(約1兆3000億円)を出資し、Bingの新バージョンにChatGPTよりもさらに高度なAIチャット機能を搭載しようとしている。マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは、その発表イベントで「検索の新時代が始まる」と述べ「レースは今日から始まる。我々は迅速に行動する」と語った。
5年前の「失敗」
グーグルのAI分野での歩みは、倫理面での不祥事や、Duplexと呼ばれる異常なほど人間臭いAIツールに対する反発、相次ぐAI人材の流出などが足かせとなってきた。
今から5年前、グーグルは、AIの野望を実現するための一種のカミングアウトパーティーとも言えるものを開催した。その年のI/Oで、ピチャイは、驚くほど人間らしい発音でレストランの予約を代行するAIサービス「Duplex」を発表した。このAIは「あの」「えー」といった具合に人間の口ぶりを真似たり、声を変化させたりして、人間そっくりにプログラムされている。同社は、このツールでオンライン予約ができないレストランに、AIがロボコールをかけるサービスを想定していた。
しかし、Duplexの試みは不評を買った。ニューヨーク・タイムズ(NYT)は、これを「どこか不気味だ」と評し、社会学者で作家のジーナップ・トゥフェックチーはもっと痛烈に「グーグルのAIアシスタントはボットであることを隠して電話をかけ、人々を騙そうとしている」と非難した。彼女はまた「シリコンバレーは倫理的に迷走し、無軌道で何も学んでいない」とツイートした。
グーグルのAIへの取り組みに詳しい同社の元マネージャー2人は、Duplexのエピソードを、同社がAI製品の公開に手間取る環境を生んだ多くの要因の1つに挙げている。
倫理面での批判
また、グーグルのAI部門には、同社がより慎重にならざるを得ない状況につながった他の論争もあった。2018年に、同社は国防総省と、AIを使ってドローン攻撃の精度を向上させる取り組み「Project Maven」の契約を結び「戦争ビジネスに加わるな」と訴える社員から強い反発にあった。これを受けて同社は契約の更新を停止し、テクノロジー開発を倫理的に導くことを目的とした「AI原則」を発表した。
しかし、2019年には、グーグルが顔認識ソフトの精度を向上させるために、黒人のホームレスに対価を支払って顔のサンプルを集めていたことをNYTが報じ、さらに強い非難を巻き起こした。
また、2020年にグーグルは、同社のエシカルAIチームを率いたティムニット・ゲブル博士とマーガレット・ミッチェル博士らが、自社を批判する論文を書いた後に解雇したことでも非難された。グーグルリサーチの責任者のジェフ・ディーンは後に、この事件がグーグルのAI部門の信頼性を低下させたことを認めている。
「グーグルが、かつてChatGPTのようなツールで主導権を握る道を進んでいたことは明らかだ。しかし、以前の近視眼的決定が彼らを、あらゆる懸念につながる場所に追い込んでいる」とミッチェル博士はフォーブスの取材に述べた。
相次ぐAI人材の流出
2017年に、グーグルのAI研究所の幹部らは「Attention Is All You Need」というAIに関する画期的な論文を書き、トランスフォーマーと呼ばれるテキスト解析のための新しいアーキテクチャを提案していた。この仕組みは、ChatGPTのようなジェネレーティブAIや、グーグル独自の大規模言語モデル「LaMDA」の基礎となった。
しかし現在は、この論文の共著者8人のうち、1人を除いて全員がグーグルを退社している。6人は自分の会社を設立し、1人はOpenAIに参加した。論文の著者の1人で、OpenAI のライバル企業とされる「Cohere」のCEOであるエイダン・ゴメスは「グーグルの環境は自分には過酷すぎた」と語った。
「グーグルのような巨大企業の内部では自由に研究ができない。根本的な企業構造がそれをサポートしていない。だから、外に出て自分でやるしかないんだ」と彼はフォーブスに語った。
一方、グーグルが2021年のI/Oでデモを行ったLaMDAは非常にうまく機能したが、このプロジェクトに携わっていたエンジニアのブレイク・ルモワンは後に、このロボットが感覚を持ち、魂を持っていると主張した後に同社を解雇された。
ピチャイCEOは昨年12月に、ChatGPTの登場を受けてコードレッド(非常事態宣言)を発動し、共同創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンを呼び寄せて会議を行い、幹部らにAI分野への対応を優先することの必要性を訴えたという。しかし、Google Analyticsを創設し、現在はFPV Venturesの共同創業者であるウェスリー・チャンによると、同社の「コードレッド」は、社内では「うちの社員は怠けすぎた」というメッセージとして受け取られたという。
イノベーションのジレンマ
歴史を振り返れば、グーグルは2004年の230億ドルのIPOから2カ月に、時価総額でYahoo(ヤフー)を抜いていた。同社の躍進とヤフーの衰退のエピソードは、大企業が既存の製品を優先することによって、市場での優位性を失うという理論の「イノベーションのジレンマ」の典型例とされている。
それから20年近く経った今、グーグルは同様のシナリオに直面しているようだが、ピチャイCEOは、この考えを否定している。「私は、この状況が物事を再び考え、想像し、検索に活かすためのチャンスだと考えている。我々は大胆にプロダクトを提示し、フィードバックを得て反復し、より良くしていく」と彼は、先日の決算発表後の電話会談で述べていた。
グーグルの親会社のアルファベットは、7日にChatGPTに対抗するAIチャットボット「Bard」を発表し、株価を5%近く上昇させたが、その翌日にBardが不正確な回答を生成したと報じられたのを受けて、株価を8%急落させ、1000億ドルもの時価総額を失った。
しかし、誰もまだ、グーグルを完全に見捨てた訳ではないだろう。ためしに、Bard のライバルであるChatGPTに「グーグルはなぜ、AI開発で遅れをとったのか」と聞いてみると、下記のような答えだった。
「グーグルはAI開発で遅れをとっていません。今でもこの分野のリーディングカンパニーであり、AIの研究開発に投資し、多大な貢献をし続けています。近年、OpenAIなどの他社やBaidu(バイドゥ)、Tencent(テンセント)、Alibaba(アリババ)などの中国のテック企業がAI分野の強力なプレイヤーとして台頭してきましたが、グーグルは依然としてこの分野の著名なプレイヤーであり、リーダーです」
しかし、ChatGPTは2021年までのデータでしか学習をしていないのだ。このボットは、自身のライバルが現れたことすら、まだ知らないのだ。
2023-02-10 18:43:40