文部科学省によるGIGAスクール構想の下、全国の学校がそれぞれに「生徒1人に1台の端末」と「高速大容量の通信ネットワーク」の普及を押し進めている。
大阪府の近畿大学附属高等学校・中学校では、先駆けて2013年から「iPadのある学校」をつくり、生徒1人ひとりが自由にiPadを使える環境を整えてきた。教職員を含む約4000人が集う大所帯の中で、iPadがどんなかたちで安全に活用されているのか、同校教育改革推進室の室長である乾武司氏に聞いた。
AppStoreのアプリは人の手で安全確認が行われている
多くの人々がモバイル端末に大切な個人情報を入れて毎日使うことを前提として、アップルはiPhoneにiPadなどのデバイスに強力なセキュリティ保護機能を組み込んできた。デバイスと対になるアプリのダウンロードサービスである「App Store」の安心・安全を守ることも同社の大きなテーマだ。
App Storeには現在、ユーザーがダウンロードできる約200万のアプリが揃う。AppStoreの安全性は、アップルが定めるガイドラインに沿うことに同意したデベロッパが開発したアプリだけを揃えることで担保する。そしてAppStoreからのダウンロードは第三者からの干渉を受けることなく、ユーザーのデバイスまで安全に届けられる。
アップルではアプリとそのアップデートの内容について、1つひとつエキスパートの審査を経て提供するApp Reviewという独自のプロセスを設けている。App Storeのユーザーをマルウェアやサイバー攻撃、悪意のある詐欺行為から守るための仕組みだ。
アップルではユーザーの安心・安全なアプリ体験とデベロッパの成功を後押しすることを目的として、App Storeに提出されるアプリとそのアップデート、アプリ内での課金やイベントについてすべて人の手で審査を行う。デベロッパ向けには一般的な問題を未然に回避するための詳細なガイドラインが用意されている
アプリは公開後にも正しい運用が求められる
2020年からはApp Storeのプライバシーラベルと、アプリのトラッキングの透明性という2つのプライバシー保護機能を導入した。App Storeに公開されているアプリの詳細解説には、プライバシーに関するデベロッパの方針概要が「Appのプライバシー」としてラベル化された詳しい記述がある。現在App Store上のすべてのアプリにはラベルの掲示と、アプリが取得するユーザーのデータをどのように使うかを開示することが義務づけられている。
後者であるアプリのトラッキングの透明性については、アプリが他社の所有するアプリやウェブサイトを横断してユーザーの行動を追跡する場合、事前にユーザーの許可を得ることを求めたルールだ。デバイスに新しくインストールしたアプリを起動すると、デバイスの画面にはアクティビティ追跡の可否を訊ねるメッセージが表れる。ユーザーは「許可」または「App にトラッキングしないように要求」する選択を自ら採れる。
アップルはApp Storeのデベロッパとユーザーをスクリーニングし、問題行動については追放する措置も行っている。App Reviewの仕組みだけで不審なアプリの配信をすべて防ぐことは難しい。端末やサービスに搭載する、ユーザーのセキュリティとプライバシーを保護するための技術と仕組みは常時アップデートを続けている。
安全なApp Storeが「iPadのある学校」を根づかせた
企業や学校のように大勢の人が集まり構成される組織にITプラットフォームを導入する際、そこに安全・安心な使い勝手が担保されていることが選択の必須条件になる。
近大附属高校の教員である乾氏は、生徒たちがiPadを使って自主的に知識を得て、学びを深められる環境を実現するために「iPadについては非常にゆるい制限で、生徒の自由な利用を促がせる環境を実現したかった」と語る。同校ではすべての生徒がゲームを含む好きなアプリをiPadに入れることができる。またiPadを学習目的以外にも生活全般に使うことを促進している。「生徒がiPadを活用し始めてから、授業の課題として提出されるレポートやプレゼンテーションの内容は、先生がつくるものよりもかなり充実した」と話す乾氏の口もとに笑みがこぼれる。
学校の課題にも個人のクリエイティビティが反映できるようになると、自ずと生徒の学習意欲が刺激され、学ぶことへの主体性も育まれるという。ややもすれば生徒の知識量が教員のそれを追い抜いてしまうこともあるだろう。乾氏は「当初は脅威に感じていたが、生徒が学んだことを教えてもらい、共感できる楽しさがあることを知った。生徒たちが獲得した知識の位置づけを示して、次に進むべき方向を示すことが教師の仕事」なのだと持論を説く。
サイドローディングが学びの環境に悪影響を与える懸念
生徒たちに持たせるデバイスにiPadを選んだ理由を、乾氏は次のように語っている。「AppReviewによる審査を経た安全なアプリが揃っていること。App Store経由のダウンロードになるため、マルウェアへの感染リスクが低くハッキングツールも流通しにくいこと。これらのメリットは、生徒たちにアプリケーションを自由にダウンロードして使ってもらうという『iPadがある学校』のポリシーを成立させるために欠かせなかった」
乾氏はサイドローディングにより、App Store以外の場所からアプリをiPadにダウンロードできるようになると、生徒たちの教育環境が著しく悪化する懸念があると述べている。
サイドローディングとはウェブサイトや第三者によるアプリストアなど、App Store以外の場所からアプリをiPadやiPhoneに導入するプロセスを指す。アップルではユーザーのプライバシーを保護するために、iPad、iPhoneについてははじめからサイドローディングができないようにデバイスを設計した。
マルウェアやハッキングによるリスクと隣り合わせになってしまうと、もはや学校でiPadを使うことが難しくなり、引いては生徒たちにとって貴重な学習機会が損なわれてしまうと乾氏は指摘する。
ITに関する正確な知識とオープンな議論が大切
iPadのある学校では、生徒たちが高校1年生になった段階で、情報管理について扱う授業を集中配置してITリテラシーに関する知識を重点的に学んでもらうことにも注力している。
学校でも多く議論になるのは「SNSの正しい使い方」であるという。以前、同校では携帯端末を生徒に持たせないことで、事件が起こることを未然に回避し、それでも何かが起こった場合は生徒に対して個別に指導を行ってきた。現在は生徒各自がiPadでSNSも使っている。乾氏は「生徒たちはSNSを良いことに使おうとする意識を持っている。生徒たちの間には、デジタルデバイスやSNSを使って「やっていいことと悪いこと」が何かという議論も自然発生的に生まれ、教師もその中に入ってオープンに指導ができている」と話す。実際にiPadを自由に使える環境を導入後、SNSに関連する大きなトラブルや、生徒への指導件数が減っているという。
iPadの導入当初は、デジタル環境で便利に学べるようになると生徒たちが学校に通う意義が損なわれるのではという不安の声も漏れ聞こえたそうだ。乾氏は「仲間といっしょにできることがあるプレミアムな場所」として学校を位置付けながら、生徒に対して学びを深められる場としての学校を積極的に提案することも教師の役割なのだと意気込む。
今後もGIGAスクールの展開を加速させるためには、土台となる安全・安心なITプラットフォームの確立が欠かせない。近畿大学附属高等学校・中学校による「iPadのある学校」の取り組みは、ITプラットフォームの導入による生産性の向上に現在も奔走する企業や、その他のさまざまな組織に多くのヒントを与えてくれるのではないだろうか。