2014年にVR(仮想現実)テクノロジーを開発する「オキュラス・リフト(Oculus Rift)」をフェイスブックに30億ドルで売却したパルマー・ラッキー(29)は今、軍事テクノロジーのスタートアップ「アンドゥリル・インダストリーズ(Anduril Industries)」の創業者として注目を集めている。
2017年設立の同社は、これまで累計18億ドルを調達しており、フォーブスは現在のラッキーの保有資産を、フェイスブックから得た大金と合わせて14億ドル(約1830億円)と推定している。しかし、アンドゥリルは間もなく評価額80億ドルで、新たな調達を行うと報じられており、そうなれば、ラッキーの保有資産はさらに膨らむことになる。
かつてVRの神童と呼ばれた彼は、9月に30歳になる。
アンドゥリルは米移民税関捜査局(ICE)に、ドローンの映像とセンサーから得たデータで国境警備を行う「ヴァーチャル・ボーダー・ウォール」と呼ばれるシステムを提供している。これは、地上の赤外線センサーが捉えた映像を、ラティス(Lattice)と呼ばれる人工知能(AI)プログラムで分析し、適切な対応を行うシステムだ。
不審な動きを検知した場合はまず、Ghost(ゴースト)と呼ばれる監視用のドローンが飛び立ち、上空から詳細を把握する。フォーブスが確認したデモで、同社のシステムは不審なトラックから降りてきた男が、発射したドローンが中国製のDJI P4であることを突き止め、即座に攻撃用ドローンのAnvil(アンビル)を急行させ、DJI製ドローンを地上に叩き落とした。
「当社の攻撃用ドローンは、とんでもない速さで敵のドローンを撃墜する」と、自身のトレードマークであるアロハシャツを着たラッキーは話した。
今から8年前の彼はVR業界を率いる若き天才起業家として、フォーブスの表紙を飾るなど、多くのマスコミの注目を集めていた。しかし、2016年の大統領選挙でドナルド・トランプを支持したことをめぐる騒動の中で、彼はフェイスブックから解雇された。
シリコンバレーとの決別
それから間もなく、ピーター・ティールらと組んで防衛関係のスタートアップを設立した彼は、左寄りのシリコンバレーに、きっぱりと分かれを告げた。アンドゥリルは、サンディエゴの米軍基地に近いカリフォルニア州のコスタメサに本社を構えている。
自身を批判する友人たちと別れたラッキーは今、自分が正しかったと感じているという。アンドゥリルは、ウクライナにもシステムを提供しており、一部の人々は彼に謝罪を申し出た。「彼らは今になってようやく、米国がより良い武器を持つことが、実はとても大事なことだと気づいたと」と彼は話した。
昨年の収益が推定1億5000万ドルのアンドゥリルは、国防総省が欲しがると思う武器や監視システムのニーズを先取りして、自社でそれを開発している。
「我々は、ペンタゴンが何かを必要とするとき、真っ先に思いつくような会社になりたい」と、ラッキーは話す。
アンドゥリルはまた、2019年に買収したゲームスタジオCarbon Gamesのソフトを改良して、複雑なシミュレーションツールを構築した。このツールは、国防総省に戦いのシミュレーションを行わせるもので、VRゴーグルと通常のスクリーンの両方で表示可能な「もしも」のシナリオを何千回も高速で実行することが可能だ。
ホームスクールで育った天才
学校には通わずに、母親の指導のもとでホームスクールの教育を受けたラッキーは、父親の車の修理を手伝ったときにエンジニアリングに目覚めたという。カリフォルニア州ロングビーチの自宅ガレージで彼は、高出力レーザーや、電磁石を使ったコイルガンなどを製作し、10代半ばで古いゲーム機に最新の電子回路を搭載して、持ち運びができるように改良した。
ゲームへの関心はやがて、VRに移っていった。ソフトウェアで画像を操作すれば、高価で重い光学系を安価で持ち運びが可能なツールできることに気づいたラッキーは、弱冠16歳でVRヘッドセット「Oculus Rift」を開発。それがマーク・ザッカーバーグの目に留まり、2014年にフェイスブックに買収された。
その後、軍事関連のスタートアップのアイデアを思いついたラッキーは、取締役のピーター・ティールと、国防総省の最大の弱点がソフトウェアであるという意見で意気投合したという。
そして、2017年にフェイスブックを追放されたラッキーが、ティールが経営するパランティア(Palantir)の関係者と立ち上げたのがアンドゥリルだ。パランティアは、ラッキーを国防総省のハードウェア担当者として送り込む計画を立てた。
「エンジニアたちは、いつも刺激的なアイデアを提示するラッキーのことを気に入っている」と、元パランティア社員で現在はアンドゥリルの会長を務めるトレイ・スティーブンス(Trae Stephens)は話す。若く創造力あふれる彼は、ときに周囲を混乱させてしまうが、脇を固めるベテランたちが、暴走を防ぐ役割を果たしている。「彼は、誰かが適切にチャンネルを合わせてやれば、とんでもない力を発揮する」とスティーブンスは話した。
創業間もないアンドゥリルが税関・国境警備隊(CBP)に売り込んだのが、国境を違法に横断する人や車両を自動的に検出し、担当者たちを日常的なパトロール業務から解放するシステムだ。2020年に、CBPはアンドゥリルと最大2億5000万ドルの契約を締結し、今年2月現在で、メキシコとの国境の176の監視塔にそのシステムを配備している。
数百億ドル規模の受注
同社は今年1月には、米特殊作戦司令部のドローン防衛を担当する契約を獲得し、10年間で10億ドル近い収益を見込んでいる。さらに大きなチャンスと呼べるのは、国防総省が導入を検討中の、すべての監視システムと兵器システムを統合して戦場を一望するためのシステムだ。このプログラムはJADC2(Joint All Domain Command and Control)と呼ばれ、パランティアやシースリー・エーアイ(C3 AI)などの大手が数百億ドル規模の受注を争っている。
アンドゥリルは、同社のAIシステムがそれを成し遂げられると考えている。2020年に行われた空軍の試験で、同社のAIは飛来する巡航ミサイルを検知し、F-16やパラディン榴弾砲など複数の兵器システムに標的データを自動的に送って、ミサイルを破壊することに成功した。驚くべきことに、このシステムはたった一人の飛行士でそのミッションを成功させた。
昨年9月まで空軍の最高ソフトウェア責任者だったニコラス・チャイヤンは、「アンドゥリルのチームは間違いなくトップレベルだ」と断言する。チャイヤンは、統合参謀本部のサイロ化した組織が、JADC2のプロジェクトを破滅させるかもしれないと警告した後に、空軍を辞めていた。
しかし、仮にJADC2の契約を獲得できなかったとしても、ラッキーはさほど気にしないと述べている。すでに獲得済みの契約に加えて、アンドゥリルにはベンチャーキャピタルからの潤沢な資金がある。
「国防省が今考えるべきは、次のパルマー・ラッキーをどうやって見つけるかだ。19歳のときの私のように優れた技術と優れたアイデアを持つ人物を、彼らは探さなければならない。今のところ、そのあては全く見当たらないのだから」と、ラッキーは話した。