さまざまな企業がBeyond 5G/6Gに向けた研究開発を進める中、人を中心とした「ユーザセントリックネットワーク」を掲げ新しい無線通信技術の開発を進めているの、KDDIグループで研究開発を担うKDDI研究所です。2022年5月25日より実施されていた「ワイヤレスジャパン 2022」「ワイヤレス・テクノロジー・パーク 2022」での講演や展示から、同社のBeyond 5G/6Gに向け研究を進めている新しいネットワークの形を確認してみましょう。→過去の回はこちらを参照。 高速通信とスマートフォンではない、「5G」が注目を集める理由 セルの概念を大きく変える「ユーザセントリックRAN」 国内の無線技術やソリューションに関する展示会「ワイヤレスジャパン」と、併設して実施されている、最新無線技術の研究開発に関する展示会「ワイヤレス・テクノロジー・パーク」。両イベントは2022年も5月25日から3日間にわたって実施され、5Gやローカル5G、そしてBeyond 5G/6Gなどに関するさまざまな展示や講演が実施されていました。 【関連記事】 ≪KDDI総合研究所、テラヘルツ帯マルチビームアンテナの開発に成功≫ ≪5Gの通信速度を維持し続けるCPU間連携技術の実証実験に成功 - KDDI総研≫ そうした中でも、ワイヤレスジャパンで基調講演を実施したり、ワイヤレス・テクノロジー・パークにブースを構えて展示をしたりするなど、積極的なアピールをしていたのがKDDIグループで無線通信をはじめとしたさまざまな研究開発を推し進めているKDDI総合研究所です。 そこで同社の展示や講演の中から、KDDI総合研究所、そしてKDDIがグループとして研究開発に取り組んでいるBeyond 5G/6Gに向けた技術を確認してみましょう。 -KDDI総合研究所の先端技術研究所所長、かつKDDIの技術戦略本部 本部長である小西聡氏が実施した基調講演では、同社が「ユーザーセントリックネットワーク」を掲げてBeyond 5G/6Gに向けた無線通信の先端技術研究を推し進めていることを紹介。 これはユーザーを中心に、デバイスや基地局が連携して高品質で快適な通信を実現するというもので、基地局と端末が中心だった従来のネットワークから、起点をユーザーへと大きく変えるものとなるようです。 その中核となるのが、多数の基地局同士を連携させてユーザーごとに専用の通信エリアを形成する「ユーザセントリックRAN」というもの。その実現に向けた技術の1つが「Cell-Free massive MIMO」です。 従来のセルラーネットワークのシステムは、基地局から電波を発してカバーする「セル」を均等に並べることで、ユーザーがどの場所にいても通信ができるようにする仕組みでした。 しかし、Cell-Free massive MIMOはそのセルの概念を大きく変え、基地局同士が連携してユーザーがいる場所の周辺だけをセル化するというものになります。 その最大のメリットは、ユーザーを主体にセルを構築するためユーザーが体感する通信品質が向上することです。従来のセルラーシステムの場合、基地局に近いほど通信品質が高く、そこから離れたセル境界線上にいるユーザーは通信品質が落ちて快適に通信できなくなるという課題がありましたが、Cell-Free massive MIMOではエリア形成の主体が基地局からユーザーに移ることから通信品質の問題が起きにくくなるのです。 しかし、Cell-Free massive MIMOの実現には基地局同士の連携が従来より求められるため、端末と通信する基地局が増え無線信号の計算処理がより増えてしまいます。 また、現在の基地局は無線信号を処理し、コアネットワークとやり取りするCU/DUの機能を備えた「集約局」に複数の無線機(RU)を接続する形で構成されているのですが、Cell-Free massive MIMOを実現する上では異なる集約局に収容されている無線局同士が連携できず、電波干渉が発生してしまうなどの問題も発生するそうです。 そこでKDDI研究所では、前者の問題に関しては品質を十分確保できる無線機のみで通信することで計算処理量を減らす「AP Cluster化」を導入。後者については強い干渉が発生する無線機の情報を選び、干渉を低減する措置を実施する「CPU間連携技術」をすることにより、課題をクリアしているそうです。 そしてもう1つ、通信量が大幅に増えるBeyond 5G/6Gの時代には、基地局とそれを集約する集約局光ファイバの通信量が増え、より多くのケーブルが必要になるという問題も発生するとのこと。 そのため、KDDI総合研究所では無線信号を光ファイバーでアナログのまま伝送する技術を応用し、アナログの無線信号を中間周波数帯(IF帯)に変え、多重化することで光ファイバー1本あたりの容量を増やす「IFoF(Intermediate Frequency over Fiber)方式」を導入、基地局576台分に相当する1.3Tbpsもの無線通信伝送を実現したとのことです。 ミリ波やテラヘルツ波の有効活用に向けた研究も ですが、ユーザセントリックネットワークの実現に向けKDDI総合研究所が研究開発を進めているのは、ユーザセントリックRANだけではありません。2つ目の技術となるのが「メタサーフェス反射板」です。 これは、ミリ波など周波数が高く障害物に弱い周波数帯を有効活用して利用エリアを広げる技術で、簡単に設置でき、なおかつ特定の方向に電波を反射できる反射板になります。 2020年には反射方向が固定された透明のメタサーフェス反射板を開発しましたが、2021年にはさらに、液晶の技術を用いて反射角度を上下左右に最大60度まで自在に変えることができる「液晶メタサーフェス反射板」を開発しています。 液晶メタサーフェス反射板は現在のところ色が決まっていることから、設置場所が限定されるのが難点だといいますが、液晶を用いているため将来的には反射板に映像などを表示できるようにもしたいとのこと。さらに、将来的には、ユーザーの位置に応じて反射角度を自動で変え、追従させる反射板の実現も検討されているそうです。 もう1つの技術が「仮想化端末」というものです。これはスマートフォンなどの端末に接続している、ウェアラブルデバイスなどさまざまな周辺機器を通信用のアンテナと活用することにより、アップロードの通信速度を向上させる上で課題となっている、アンテナ数や送信電力などの問題をクリアするというもの。端末自体にアンテナを増やすことなく通信速度の向上を実現できるのがメリットとなります。 端末と周辺機器間の通信はワイヤレスでなされる仕組みを想定していますが、高速通信を実現するためにはその部分の無線通信もより高速にする必要があり、KDDI総合研究所が目を付けたのがテラヘルツ波です。 100GHz以上とされるテラヘルツ波はまだ利活用が進んでいないことから非常に大きな帯域幅の確保ができ、6Gでの一層の高速通信を実現する上で期待されている要素の1つです。 しかしながら、テラヘルツ波はミリ波より一層周波数が高く、一層遠くに飛びにくいという弱点もあり、その利活用に向けては非常に多くの課題を抱えているというのも正直なところです。 そこでKDDI総合研究所では、遠くに飛びにくいものの一層の高速大容量通信ができるというミリ波の特性を生かし、仮想化端末での端末と周辺機器を接続する部分に用いることを検討しているようです。そのため同社では、60度の範囲で電波の方向を変えられるアンテナの開発も進めています。 一連の研究開発からは、より高い周波数を活用してより性能の高いネットワークを実現するうえでは、通信システム全体で従来の概念を変える取り組みが求められている様子を見て取ることができます。同社の研究開発がBeyond 5G、そして6Gの時代にどのような形で花開くことになるのか、注目される所ではないでしょうか。 佐野正弘 福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。 この著者の記事一覧はこちら