さまざまなスタートアップ企業の科学者らが「薄毛」の問題解決を可能にする皮膚細胞の作製に取り組んでいる。とくに、遺伝子工学の最先端を追う生物学者らは、人間の発毛能力を回復できる可能性のある細胞を新たに創り出すことで、薄毛の問題を解決しようとしている。
「ヒトの毛がふさふさと生えているマウス」も公開
スタートアップ企業のdNovo社は、ラボだけでなく動物に対しても毛髪細胞を培養する技術に取り組んでおり、「ヒトの毛がふさふさと生えているマウス」も公開している。スタンフォード大学出身の生物学者で、dNovo社の創業者でもあるエルネスト・ルハン氏によると、一般細胞を「リプログラミング」することで、毛包を構成している要素を作り出せるという。また、この手法によって薄毛の根本原因を解決できる可能性にも期待しており、どんな細胞でも細胞内の遺伝子配列を変更することで毛髪幹細胞に変更できるとも述べた。
また、ルハン氏によれば、「細胞をある状態から別の状態へと変えることができる」という。「薄毛」は、リプログラミング技術によって阻止できる加齢の症状の一例にすぎない。Altos Labs社はリプログラミング技術を使って、若返りの可能性を探る計画を持っているし、別のスタートアップ企業Conception社は、血液細胞をヒトの卵子に変換させて妊孕性(妊娠する力)を高める手法を研究中だ。
科学者たちは2000年代初期の時点で、ほぼすべての種類の細胞、神経、心筋を作製し、無限に提供できるとわかっていた。iPS細胞研究の山中伸弥博士が、どんな種類の組織も胚の中の細胞に類似する幹細胞へと変えられる容易な作製方法を発明したためだ。
「ラボで育った細胞を元の身体に戻す」
ある細胞を別の細胞に変えることも難しいが、ラボで育った細胞を元の身体に戻すのもまた別の難しさをはらんでいる。日本の研究者らは、目の難病患者に網膜細胞を移植することを試みた。スタートアップ企業は、患者の皮膚細胞を集め、それを用いて髪を形成する細胞に変化させようとしている。Stemson社は、製薬会社のアッヴィ社などから2250万ドルの資金を調達した。同社CEOのハミルトン氏は、実験目的でリプログラミングを施された細胞をマウスやブタの皮膚の上に移植しているという。
ハミルトン氏は、2021年のグローバルヘアロスサミットに招待された際、基調講演で「私は、多くの人々が『解決策がある』と主張するのを見てきました。髪の毛についても同じことがたくさんありました。ですから私はここではっきり申し上げたい。われわれは本物の科学者であり、現時点ではリスクが高すぎてうまくいくというお約束はできない」と述べた。
dNovo社のルハン氏によると、薄毛している部分に毛包を移植する手術と同類の手術で、人の頭部にラボ育ちの髪を形成する細胞を追加できるはずだという。
化粧品関連数社が興味示す
ハーバード大学のカール・コーラー教授は、「まず一人ひとりに合わせたプロセスを取らねばならないため、かなり高額な方法にはなるはずです。髪の毛を取り戻せるためなら、誰でもかなり無理をするとは思いますが」と述べた。
毛包は複雑な器官で、皮膚の真皮層から複数の種類の細胞の間を縫うように上に伸びる。
コーラー教授の研究室では、ほかの手法で毛幹を作製している。それは、オルガノイドを育てるという方法だ。オルガノイドとは細胞の小さな塊で、ペトリ皿で自己組織化する。コーラー教授は、「複数の化粧品会社が興味を持っています。オルガノイドを見て目を輝かせていましたよ」と語った。