「コールセンターの運営は、長い間、企業にとって苦労の絶えない業務だった」とCrestaの共同創業者兼CEOであるザイード・エナム(Zayd Enam)は言う。同社は、コールセンターに特化したソフトウェアを提供するスタートアップだ。しかし、Zoomが業界大手のFive9を147億ドル(約1兆7500億円)で買収しようとしたように、業界は大きな変革期を迎えている。
買収の試みは失敗に終わったが、ZoomはFive9ともう1つのコールセンター大手のGenesysらと共に、Crestaに出資をした。サンフランシスコ本拠のCrestaは3月17日、タイガー・グローバルが主導するシリーズCラウンドで8000万ドル(約95億円)を調達したことを明らかにした。
Crestaの評価額は、16億ドル(約1900億円)に達した。同社は、約1年前にセコイア・キャピタルが主導したシリーズBラウンドで5000万ドルを調達していた。セコイアをはじめ、既存株主であるアンドリーセン・ホロウィッツとグレイロックも今回のラウンドに参加した。
Crestaは、もともとエナムとCTOのTim Shi、Google Xの創設者であるセバスチャン・スラン(スタンフォード大学非常勤教授で、現在はCrestaの取締役会長)がスタンフォード大学のAI研究所で行っていたプロジェクトとしてスタートした。
同社は、ステルスモードで開発を続け、2020年に製品をローンチした。フォーブスは、2018年にエナムを「30アンダー30」に選び、昨年はCrestaを「AI 50(注目すべきAI企業50社)」に選出した。同社が開発したAI搭載ソフトウェアは、カスタマーサービスや営業の担当者が顧客と会話をしている際にリアルタイムでインサイトを提供し、問題解決や取引の成立を支援する。
Crestaは、カスタマーサービス向けではFive9やGenesysと、営業向けではセールスフォースなど、企業が導入済みのソフトウェアスイートと組み合わせて使用できるのが特徴だ。
顧客はベライゾンやポルシェ
Crestaは大企業をターゲットにしており、ベライゾンやCarMax、ポルシェを含む約100社が現在同社のソフトを利用している。エナムによると、2021年には売上が3倍に増え、現在は数千万ドル規模に達しているという。
成長を牽引しているのは、新規顧客よりも既存顧客からの収益であり、NRR(Net Retention Rate、売上継続率)は200%を超えるという。ユーザーは、まず数万~数十万ドルの契約を結んでソフトウェアをテストした後、他の部門に拡大するケースが多いという。
エナムによると、新たに調達した資金は、顧客との会話からより多くの知見を得るための機能開発に充当するという。「例えば、“そのセールストークは響かない”とか、“競合他社はもっと効果的で安価なソリューションを提供している”、といったことを顧客企業に伝えるための機能だ」とエナムは言う。
現在、Crestaの社員数は150名で、今後さらに人員を増強する予定だ。昨年8月には、グーグルのコンタクトセンター向けAI事業の創設者を開発部門の責任者として採用した。このことや、スランの経歴も手伝い、グーグルのエンジニアの多くがCrestaへの転職を希望しており、昨秋以降に30名を採用したという。
ブームに沸くAIコールセンター
今後、Crestaがコールセンター業界のユニコーン企業と対抗する上で、今回調達した資金は重要な役割を果たす。競合のGongは営業チームに直接製品を販売しており、TalkdeskやDialpad、ASAPPはカスタマーサービス向けにAIソリューションを提供している。
また、インド発のUniphoreは先月、業界では最大規模となる4億ドルの資金調達を行い、製品群の拡充を図っており、売上高が1億ドルに近づいていると述べている。
「今後はAIを活用してコールセンター事業に参入する企業が続々と出てくるだろう」とセコイアのパートナーで、Cresta の取締役でもあるCarl Eschenbachは話す。エナムは、2つの点でCrestaはライバルに勝ると考えている。
他社の多くは、AIを使って人間が行っていた単純作業を自動化しているが、このようなAIは、Crestaのように顧客担当や営業担当者をリアルタイムで支援することには弱い。また、一部のスタートアップは、既存のインフラを自社製品に置き換える、プラットフォーム的なアプローチをとっている。
しかし、インフラをまるごと入れ替えることを嫌がるユーザーにとっては、インフラの上位レイヤーとして機能するCrestaの方が適している。
エナムは、出資者選びも自社が優位に立つために重要だと考えており、フィンテック大手のストライプを参考にしているという。Yコンビネータ出身のストライプは、Yコンビネータのネットワークを活用し、資金調達や製品の導入を優位に進めた。同社の競合のBoltの元CEO、Ryan Breslowは、不利な競争を強いられたとしてストライプを批判して物議を醸した。しかし、エナムはストライプの手法は正当な戦略であり、彼が運営するCrestaも同じ理由からセコイアやアンドリーセン・ホロウィッツのようなトップVCから資金を調達したという。
「会社を設立した当初から、彼らのような企業を取り込むことに注力してきた。資本市場から勝者に選ばれることで、自社を成功に導くことができるからだ」と彼は述べた。