2月4日に開幕した北京五輪が、20日に閉幕する。今大会は、ジャンプ混合団体で高梨沙羅ら5人が失格となった事件をはじめ、不可解な裁定や理不尽な判定が相次いだ。IOC(国際オリンピック委員会)の対応もさることながら、運営する中国に対しても非難の声が世界中から起こっている。
そもそも、この大会は始まる前から懸念材料が多くあった。その際たるものは、中国に入る各国の選手団やマスコミ関係者に対して、北京大会組織委員会が健康状態を管理するためにスマートフォンに中国製アプリ「My2022」をインストールするよう求めたことだ。
同アプリについては、サイバー空間での人権について調査研究を行っているカナダ・トロント大学のシチズンラボが、個人情報漏洩リスクなど深刻な懸念があると指摘している。
そのため、先進国などでは個人のスマートフォンを中国に持ち込まないように注意喚起し、国や選手団などがスマートフォンを用意して選手に配布するといった対策が取られた。しかし、日本は選手個人が自前のスマートフォンを中国に持ち込み、「My2022」をインストールしている。
そして13日に日本選手団の伊東秀仁団長が、帰国後に「My2022」の削除を徹底する方針を明らかにしたことで、削除を徹底しなければならないようなリスクがあるとわかっていたにもかかわらず、個人のスマホにインストールさせた対応の是非をめぐって、批判の声が多くあがっている。
そこで、「My2022」の危険性と、日本政府および選手団の対応について、ITジャーナリストの三上洋氏に見解を聞いた。
――「My2022」というアプリについて、どのようにみていますか。
三上洋氏(以下、三上) このアプリはコロナ対策として“コンタクトトレーシング(接触追跡)”を含んでいます。接触追跡するということは、GPSなどを用いて位置情報を取得している可能性があります。つまり“情報漏れ”ではなく、そもそも位置情報を中国側に提供するものであると認識するべきです。帰国後に削除すべきなのは、その通りです。
――大会前からアプリの脆弱性が指摘されており、インストールしたスマホ内の情報が流出する可能性が懸念されています。
三上 カナダ・トロント大学が指摘した問題点は4点ありましたが、特に懸念すべき点は(1)脆弱性によるデータ漏洩の可能性、(2)検閲機能がある、という2つです。(1)は、一部の通信で暗号化が不完全で、データが流出するおそれがあるというもので、アプリを制作するうえでのミスなのか、意図的ではないようにみえます。(2)は、検閲用のキーワードリストがあるものの、理由は不明ですが有効になっていないようです。
――距離スキー女子スプリントのフィンランド代表カトリ・リリンペラがインスタグラムに、選手村の宿舎内で大規模な水漏れが起きている動画を投稿したところ、即時削除されたことが話題になりました。中国政府が外国選手のSNSを監視していることの証拠ではないかとの声が多くあがっています。
三上 そもそも、中国に入国する外国人のSNSは監視されていると考えたほうが無難です。インスタグラムは公に公開されている情報なので、「My2022」とは関係なく、中国当局が把握できる情報です。
――ということは、アプリで監視されているわけではなく、中国でインターネットを使用すること自体にリスクがあるということでしょうか。
三上 中国では、スマホを使うことだけではなく、wi-fiを使うこと、中国製アプリを情報端末にインストールすることなども情報が当局に漏れる危険があると認識したほうがいいでしょう。中国は“監視国家”ですから、WeChatや地図アプリなどを入れれば追跡される恐れがありますし、wi-fiを使えば通信状態や位置情報などを読み取られる恐れがあります。また、ログインするタイプのサービスを利用すれば、利用アプリがわかり、場合によっては一部の通信が傍受されるリスクがあります。
――そのような状況にあって、選手個人のスマホを中国で使わせ、「My2022」をインストールさせた日本の対応は問題があるといえるのではないでしょうか。
三上 日本の危機意識の低さは恥ずかしいほどです。先進主要7カ国は予防措置として、スマホを選手に配布して、個人のスマホを中国に持ち込まないように注意喚起していました。日本は大会3日前になって注意喚起しただけで、スマホの配布は行いませんでした。また、アプリのリスクだけを取り上げ、通信そのものの問題点には触れていません。3月4日から始まるパラリンピックでは選手にスマホを配布するということですから、対応が遅すぎるといわざるを得ません。
――日本選手団としては、帰国後にアプリの削除を徹底させると発表していますが、削除すれば問題ないと考えられますか。
三上 アプリを削除したあとは、あまり危険性はないと思います。むしろ、プリペイド式のスマホなどを使用していたとしても、現地でログインするサービス(メール、メッセンジャー、SNS、ビジネスチャット等)を利用すれば、それらの利用サービス名を知られるという恐れはあります。それらのリスクを選手などに伝えておくべきだと思います。
――ありがとうございました。
今回のアプリや通信に関する騒動で、中国が監視国家であることがあらためて知らしめられた感がある。同時に、日本がIT後進国であることも明らかになったのではないだろうか。