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医療の可能性広げるARやVR 乗り越えるべき課題も

長年、患者が診療を受けるには医師との対面のやりとりが必要だった。その後、インターネットとデジタルな手段を介した遠隔医療(テレヘルス)が登場し、状況はいくらか変わった。

そしてここへきて、これまでの診療のあり方を一変させるような大きな破壊(ディスラプション)が起きようとしている。拡張現実(AR)や仮想現実(VR)の技術によって、患者と医師のかかわり方にも、以前には想像すらされなかったような可能性が一気に開けてきたのだ。

たとえば、マイクロソフトの「メッシュ(Mesh)」。以前に本欄でも紹介したように、これは3Dキャプチャー技術を利用して仮想空間に実物のようなイメージを映し出す「ホロポーテーション」という手法を用いた、複合現実(MR)のプラットフォームだ。そこでは、物理的に離れた場所にいる人たちが同じ場所にいるように感じられ、教えたり学んだり、ともに作業を行ったりできる。

マイクロソフトは、メッシュとも連携するMR端末「ホロレンズ(HoloLens)」も製品化しており、こちらはすでに外科手術を含めて医療でも活用されている。

ARやVRなどの分野では、イノベーションが引き続き活発だ。画像処理半導体に強いエヌビディアなどが注力するのが、オンラインに構築された仮想空間でユーザーがアバター(分身)を通じて交流できる「メタバース」だ。エヌビディアは、クリエーターやデザイナー、研究者、技術者らが共同作業できる「オムニバース(Omniverse)」と呼ぶプラットフォームを提供している。

メタバースは、患者と医師のかかわりによって成り立つ医療にとっても有望なコンセプトになっている。オムニバースはすでに、建築や工学、メディア、エンターテインメント、製造、スーパーコンピューターなどさまざまな産業に対応しており、医療産業への応用も期待できそうだ。

メタバースは人と人のつながり方、かかわり方に対するまったく新しいアプローチであり、とてつもなく大きな潜在力を秘めている。フェイスブックが最近、社名を「メタ」に変更したのもそれを見越してのことだろう。フェイスブックはVR端末メーカーのオキュラスの買収を含め、AR/VR分野に長年投資してきた。とくに、フェイスブックが堅牢で実績のあるソーシャルメディアインフラを構築していることを踏まえると、メタが今後、医療を再定義することはおおいにありうる。

AR/VR分野には今後、手術支援ロボット「ダビンチ(da Vinci)」で知られるインテュイティブサージカルなども進出する可能性がありそうだし、デジタル医療関連のニッチな分野に投資している中小企業はほかにもたくさんある。

ただ、この分野に携わる企業が避けて通れない課題もいくつかある。難題のひとつはやはり、仮想世界と現実世界の架橋にかかわるものだろう。ARやVRといった技術が患者の治療で安全に使えるかどうかを正しく理解するには、多くの臨床試験や使用事例を通じた検証が必要になる。

また、メタバースで患者の個人情報をどう守るかも問題だ。社会がますますテクノロジーに依存するようになるなか、それに付随する脆弱性や、サイバーセキュリティーをめぐる懸念に対してはとくに留意する必要がある。

企業はさらに、技術開発にあたっては患者の安全性だけでなく、医療の人道的側面にも配慮しなくてはならない。医療とは本来、たんに症状を治すだけでなく、患者を全人的に療やすものだからだ。

AR/VR技術は医療にとっても非常に大きな可能性を秘めるものだが、医療を長らく定義してきた繊細で人道的、そして不可侵の患者・医師関係を損なわないように開発を進めていくことが求められる。



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