シリコンバレーの南北をつなぐ国道101号線には、界隈のテック企業の広告看板がひしめく。常連のGAFA等の巨大テック企業に加えて、急成長中のスタートアップもサービスのプロモーションやエンジニア雇用のための広告を出すため、今どんな会社に勢いがあるかが一目瞭然となる。 この101号線に、2019年頃に突如、“Don’t Can’t Be Evil”(Don’tには取り消し線)と掲げた広告が現れた。ブロックチェーン分野のスタートアップであるBlockstack社が出した広告だ。 “Don’t Be Evil(邪悪になるな)”と言えば、Google社が数年前まで掲げていた有名な社内標語の一つだ。表面的には「倫理規範をもった会社です」という綺麗事のアピールに聞こえるかもしれない。しかし、これが暗に示唆するのは、ユーザーの大量のデータへのアクセスを得て巨大化したプラットフォーマー企業が、その立ち位置から「邪悪になろうと思えばなれてしまうが、なるべきでない」という自制を込めた標語であったとも言える。 GoogleやFacebookなどのプラットフォームのサービスをユーザーが使う際、さまざまなデータを吸い上げられている。ユーザーはこれらの企業が自分たちに不利益になるようなことはしないだろうと「信頼」せざるを得なかった。しかし、ここ数年で、プラットフォーマー企業がユーザーのデータを見えないところで濫用したり、ユーザーが中毒になるようなアルゴリズムを意図的に使っていることが露わになったり、激しく批判されるようになってきている。直近ではFacebookの元社員が内部資料を証拠に「Facebookはユーザーの安全性よりも自社の利益最大化を優先している」と告発をし、世界で大きな話題になった。 その一連の流れに対するアンチテーゼが“Can’t Be Evil (そもそも邪悪になれない)”だ。ブロックチェーン技術開発会社であるBlockstack社がこの言葉に込めた意図は、「ブロックチェーン技術を使えば、中央集権的な第三者を信頼する必要がそもそもなくなる」ということだ。当時Facebookのケンブリッジ・アナリティカ事件などで、巨大プラットフォーマー企業への信頼問題が噴出しはじめていたタイミングでのこの広告は、相当パンチ力があった。 ブロックチェーンが形成する「ファット・プロトコル」とは ビットコインやその基盤技術であるブロックチェーンの基本的な説明において、「トラストレス(信用不要)」という言葉がよく使われる。これは、「中央集権的な第三者を信頼することなく、信頼のできる取引ができるという意味」である。なぜそれが可能かというと、これまで信頼された第三者に委託されていた作業が、ブロックチェーンのネットワークによる実行にとって変わることによって、そもそも第三者を信頼する必要がなくなるからだ。例えば、ビットコインを使うと、これまで銀行が中央集権的な決済システムを通して行っていた支払い決済が、オープンソースのブロックチェーンネットワーク上でできてしまうようになった。 このパラダイムシフトを端的に示したものとして、ベンチャー投資家のジョエル・モネグロが説いた「ファット・プロトコル」という概念がある。これまでウェブの世界では、HTTPなどのプロトコルレイヤーが比較的薄いレイヤーであり、その上に巨大なアプリケーションレイヤーが積み上げられて、それがウェブ企業の事業価値の源泉となっていた。またソーシャル化したウェブの世界では、データ蓄積がもたらす規模の経済によって少数の巨大プラットフォーマーに富が集中するようになっていった。 一方で、ブロックチェーンの世界では、これまで個々の企業が独自に開発していたアプリケーションレイヤーの多くが、オープンソースで「公共財産」となる。つまり、必然的にプロトコルレイヤーが厚くなる。ソフトウェアのオープンソース化は何もブロックチェーンに始まったことではないが、ブロックチェーンによってオープンソースコードをベースに、中央集権的な存在無しに分散型ネットワークが「取引の実行」をできるようになったのだ。 ブロックチェーン技術が実現するウェブ3.0 この延長線上には何があるのだろうか? 数年前からブロックチェーン界隈で頻繁にきかれるようになった言葉が「ウェブ3.0」だ。 「ウェブ1.0」は、第1世代のウェブ(1990年代〜)で、ユーザーの大部分が「READ(読み取り)」が目的でウェブを活用していた。メディアや企業などの一部の権威を持った組織が情報を「one to many(一方向)」型で発信していた。 それに続く「ウェブ2.0」は、第2世代のウェブ(2000年代〜)で、ユーザー個人が容易に発信できるようになり、ウェブの活用目的は「READ」だけでなく「WRITE(書き込み)」に拡張した。つまり、「many to many(双方向)」のコミュニケーションが可能になったのだ。この双方向のコミュニケーションを容易にするFacebookやTwitterなどのプラットフォームにユーザーが集まり、その背後にあるプラットフォーマー企業は巨大化し始めた。ユーザーは、そのプラットフォームを提供する企業を「信頼」する必要があったが、前述の通り、近年これらのプラットフォーマー企業の利益最大化のための暴走ぶりが露わになり始めた。 そして、今時代は「ウェブ3.0」の世代に突入しようとしている。ウェブ3.0では、ブロックチェーンを使うことによって、特定の第三者を「信頼」せずにも、個々が発信して取引実行ができるようになる世界となる。つまり、「READ」と「WRITE」に加えて、「EXECUTE(実行)」が可能となる。 ウェブ2.0とウェブ3.0を対比したアナロジーとして、シリコンバレー有数のベンチャー投資会社(VC)であるアンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)のクリス・ディクソンは、「ディズニーランド」と「公共の公園」という表現を使った。つまり、ウェブ2.0の世界は、ディズニーランドのように、個人が楽しめるよう、その背後にある企業が色々とお膳立てしてくれた世界。ウェブ3.0は、個人がコミュニティの公共インフラである公園を楽しめる世界、というわけだ。また、ウェブ3.0では個人が一方的に公共のインフラを使用するだけでなく、コミュニティの一員として開発や維持にも自発的に貢献して、正当な報酬を受け取ることができる。このようなコミュニティーベースの分散化された社会がブロックチェーンの基盤技術を通して、初めて可能となった。 「ウェブ3.0」が発展していく中で、シリコンバレーの先進的なVCは、ブロックチェーンのインフラ作りやツールを提供するようなスタートアップやプロジェクトの発掘、投資に力を入れている。例えば、前述のa16zはウェブ3.0をテーマとしたファンドを立ち上げており、直近(21年6月)に立ち上げたファンドはなんと220億ドル(約2兆5,000億円)にも及ぶ巨大ファンドだ。イーサリアムの共同創業者で、現在は「ポルカドット(Polkadot)」というブロックチェーンプロジェクトに取り組んでいるギャビン・ウッドも「Web3 Foundation(Web3財団)」を立ち上げ、基盤となるインフラ作りに取り組んでいる。ファット・プロトコルが示すように、ウェブ3.0ではプロトコルレイヤーが価値の源泉になるからこそ、インフラに投資しているのだ。 ウェブ2.0で繁栄したプラットフォーマー企業に対する批判が激化する中でのウェブ3.0の台頭は決して偶然ではない。極度にパワーが集中化したウェブ2.0の世界からの揺り戻しが起こっているのだ。 我々はウェブ3.0のまだほんの入り口にいる。しかし、まさに今シリコンバレーではその新たな世界に向けた「種まき」が行われているのだ。このウェブ3.0の種は我々が想像するよりも速く成長し、新たなビジネスモデルを世にもたらすだろう。日本はウェブ2.0に乗り遅れた。世界ではウェブ3.0の胎動がまさに起こっていることを認識して、今度こそ乗り遅れないように行動すべきだ。