本連載「アップル時評」では、今年も引き続きアップル軸で時流を見ていきたいと思います。
2020年は、iPhoneの久しぶりのデザイン刷新と5G対応、iPad Airのデザイン刷新、Apple Silicon Macへの移行開始、Apple Watchに新たなミドルレンジ製品の投入、オーディオ製品の拡充と、全ラインアップに対してアップデートがかかりました。
もちろんアップルは、1年ごとではなく、もう少し長期的な目線で製品のサイクルを考えていますが、2020年はコロナに関係なく、ミドルレンジの拡充と新しいアーキテクチャやフォームファクターの投入という、「節目」の年になったと感じています。
では2021年にどこに注目すべきか。筆者が最も注目しているのは、ディスプレーと「HDR」というキーワードです。
●iPhone 12で起きたこと
まず2020年、iPhone 12で起きたことを振り返りましょう。丸みを帯びた側面から垂直に立ち上がる「板状」デバイスへと進化し、加えて5Gに対応し、将来インフラが普及してきた際にも、そのまま高速通信に対応できる性能を備えました。裏を返せば、現在の5G対応は日本に限らず世界中で、さほど有効性は高くないということでもあります。
そうしたデザインや通信にまつわる変更はわかりやすい一方で、いくつか課題となっているアップデートも存在します。それがカメラ周りです。
iPhone 12シリーズでは、A14 Bionicのビデオ、画像周りの処理性能の高さを生かし、ビデオのHDR撮影(Dolby Vision対応)を実現しました。iPhone 12、iPhone 12 miniでは30fpsまで、iPhone 12 Pro、iPhone 12 Pro Maxでは60fpsまでHDRビデオ撮影に対応します。
しかしiPhone 12登場当初から問題になっていたのは、iPhone 12で撮影したHDRビデオをiPhone以外で見ようとすると、白飛びしたような表示になってしまうという問題。一言に「問題」といっても、ポイントはいくつも存在います。
まずは、ディスプレーの問題。iPhone 12シリーズはすべて有機ELディスプレーを採用し、HDRビデオを再生する際には1200ニトまで明るさをブーストする機能を備えています。
●自社内でも、対応しきれていない
iPhone 12で撮影したHDRビデオをiPhone 12で再生すると、これまでに見たこともないような、立体感、現実感の強い映像体験を得られます。正直なところ、ポケットに入るデバイスでここまでの品質のビデオを撮影できるのか、と驚かされるばかりでした。
しかし、問題があります。
たとえばiPhone SEやiPhone 11のような液晶ディスプレーを搭載するモデルでは、HDRビデオに対応しているものの、ダイナミックレンジが有機ELのように広くないため、撮影時と同じように再生できません。
さらに、iPhone 12のHDRビデオを正しく認識したり再現して再生できないアプリや、Instagram、LINEといったアプリで共有すると、やはり撮影したiPhone 12で再生するようなHDRビデオの体験は得られません。
そうした事情から、2020年、撮影するデバイスとしてのiPhone 12が先行したHDRビデオでしたが、再生するデバイス、共有するプラットホームの整備が追いつかなかった、という問題を取り残したことになります。
有機ELディスプレーを搭載するiPhone以外でこの映像体験を再現できるアップル製品は、60万円と高額なProDisplay XDRしかありません。つまり、このディスプレーがないMacBookシリーズ、iMacシリーズ、そしてiPadシリーズでは、編集はおろか再生品質もiPhone 12と同等にならない、ということです。
筆者は、アップルがこの問題を放置するわけがないと見ています。つまりiPadやMacBookシリーズ、iMacにおいて、HDRビデオの再生に対応するディスプレーを早期に搭載することになるはずだ、ということです。
●HDR対応は新チップと共に
iPhone 12やM1チップを搭載したMacBook Air、MacBook Pro 13インチ、Mac miniで、iPhoneで撮影したHDRビデオを編集しても、今までのビデオを扱っている以上の印象を受けません。書き出しも同様です。
情報量が大きいはずなのに、と不思議に思いましたが、これはA14 Bionic、M1に秘密がありました。双方共に、HDRビデオのアクセサレータを搭載しており、再生や編集、書き出しなどを高速化する役割を担っていると考えられます。HDRビデオを扱うのが当たり前になることを見越して、2020年の各種Apple Siliconに、あらかじめ仕込んでおいた、と言うわけです。
そうなると、だんだん2021年に何が起きるか、分かりやすくなってきたのではないでしょうか。2020年は小幅なアップデートに留まったiPad Proシリーズ、そしてMacBook Proの上位モデル、iMac、Mac miniの上位モデルに、このHDRビデオアクセラレータを含んだ新世代のApple Siliconが搭載され、処理性能の面でHDRビデオ対応を果たすことになるはずです。
そのタイミングで、デバイスに組み合わせるディスプレーについても、HDR対応を果たしていくことになるでしょう。
●見込まれるテクノロジー
では、どんなディスプレーのテクノロジーを用いて、iPadやMacをHDR対応していくのか。
まず単純に考えて、有機ELディスプレーが挙げられます。既にiPhoneやApple Watchに採用しているディスプレーで、テクノロジーとしては2015年からの付き合いです。完璧ではありませんが、画面の焼きつきを抑える実装を施しており、他社製品に比べても耐用年数を延ばしているようではあります。
iPhoneに近いフォームファクターを持つiPadに有機ELディスプレーを搭載するアイデアは、そう遠くない現実解にも思えます。ただし、これまで2021年後半と言われていた有機EL版iPadは、2022年へと遅れているとの情報も出てきています。
またMacについては、有機ELディスプレーを採用しにくい事情として、最上部のメニューバーの存在があります。ずっと同じ位置に同じ表示が出続けているため、これは焼きつきの原因になりえます。
そこで新しいディスプレー技術として注目されているのがミニLED、マイクロLEDといった方式です。アップルも技術企業を買収して研究しているとされるこの技術は、微細なLEDを敷き詰めるディスプレー方式で、有機ELのような発色の良さ、省電力性、高コントラストを実現しながら焼きつきが少ないという特徴があります。
ただし1画素ずつが発光するタイプは非常に高額になってしまうため、ミニLEDをバックライトとして用いるバックライト型から製品化がスタートしています。デルやASUSなどがプロ向けのバックライト型ミニLEDディスプレーを発売していますが、4K・32インチクラスで価格は40万円〜60万円。そう考えると6K・32型のProDisplay XDRは意外とお手頃なんですよね……。
価格の問題はありながら、バックライト型ミニLEDの採用で、MacのHDRビデオ対応は実現できそうです。例えば13インチの上位モデル、16インチ、そしてこれから発売するiMacに対してこのディスプレーを採用しながら、Apple Siliconの処理能力をさらに加速させると、非常に魅力的な製品になりそうだと思いますが、いかがでしょうか。