目の前に浮かび上がった地球儀。右手をかざして動かすと、地球儀は回転し、太平洋上の《Oahu(オアフ島)》の文字をタッチすると、美しいビーチの映像が流れ、観光情報を手軽に得ることができる-。アスカネット(広島市)が開発した技術「ASKA3Dプレート」。地球儀などは空中映像として実在しており、決して錯覚などではない。
同社の技術を用い、広島銀行(同市)も今年5月、空中映像技術を使ったATM(現金自動預払機)を試験導入する。「引き出し」や「残高照会」といったメニューが浮き上がり、実際に触れて操作することができる。同行によるとATMで全国初の試み。担当者は「直感的かつ衛生的な対応が可能になる」と話す。
こうしたことがなぜ可能なのか。三菱電機エンジニアリング(東京)が昨秋開発した「空中タッチディスプレイ」の試作機の場合、反射材などで空中に映像を投影。指の位置や動きを備え付けられたセンサーが判別することで、スマートフォンでおなじみのタップ(画面を1回たたく)、フリック(はじく)といった動作にも対応する。
数年前から技術検討が本格化したといい、担当者は「不特定多数の方が触る公共の端末や医療現場など、幅広い場所での導入も考えられる」とした。同社は令和3(2021)年度中の製品化を目指す。SF映画で見た近未来風の光景も夢ではなくなりつつある。
1秒で検温も同時に
新型コロナウイルス禍により「非接触」への需要が高まり、加速した技術革新。そのいくつかは、すでに私たちの生活に浸透している。
昨年12月、京都国立博物館(京都市東山区)などで開かれたアートイベント「artKYOTO2020」。入場口に置かれたスマホほどの大きさのディスプレーに顔を近づけると、事前に登録した自身の顔写真とID、体温が映し出された。《お進みください》。メッセージが浮かび、入場を促される。顔認証と検温が同時に、1秒足らずで終了した。
非接触型入場管理システム「Face FC(フェイスエフシー)」。登録済みの顔を人工知能(AI)が特徴を捉えて照合し、誘導する。判定はマスクを着用したままでも可能。発熱などを検知すれば、アラームで警告する仕組みになっている。システムで会場の滞在人数も把握でき、3密防止にも対応する。イベントの担当者は「新しいスタンダードになる」とみる。
このシステムは、画像解析や顔認証機能開発に取り組むデータスコープ(東京)が台湾の鴻海(ホンハイ)グループと共同開発した。データスコープによると、対象が生身の人間かどうかも判断できる。このため、写真をディスプレーにかざすなどの不正行為も見抜くという。
顔とクレジットカード情報のひもづけも視野に入れており、担当者は「顔を使った物販も不可能ではなくなる」とする。
イベントに合わせて
空中映像技術に詳しい宇都宮大工学部の山本裕紹教授(光工学)は、コロナ禍により「不特定多数が触る場所が衛生的であることへの価値が急浮上した」とし、従来想定されたエンターテインメントやビジュアル面へのニーズは一変したと分析。今夏には延期された東京五輪・パラリンピックの開催も予定されていることから、「イベントに合わせた新たな技術の登場にも期待したい」と述べている。(石橋明日佳、細田裕也)
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触らない、対面しない。新型コロナがもたらしたニューノーマル(新常態)は、私たちの暮らしにパラダイムシフト(価値観の転換)をもたらした。在宅勤務の拡大は生き方・働き方のあり方を変え、愛らしいロボットは新しい人間と機械の関係を模索する。外出自粛などで深刻な影響が出た飲食業界もモデルチェンジを図ってきた。幕を開けた令和3年、未来志向のウィズコロナを探る。
アスカネットの技術「ASKA3Dプレート」を使った空中映像のサンプル。空中に浮かんだ地球儀を操作し、観光情報を得ることができる(アスカネットのユーチューブから)