5Gではネットワーク機器への仮想化技術の採用が進むとされていますが、実際に仮想化技術を導入する上では課題も少なからずあるようです。ソフトバンクの仮想無線アクセスネットワーク(vRAN)に関する取り組みから、その課題と解決策を確認していきましょう。→過去の回はこちらを参照。
高速通信とスマートフォンではない、「5G」が注目を集める理由
MECとの親和性を重視しvRANに取り組む
従来専用の機器で構成されていた携帯電話のネットワーク。しかし、5Gではネットワーク仮想化(Network Functions Virtualization、NFV)技術の採用が進むとされており、実際に楽天モバイルは5Gを見据え、すべてのネットワークに仮想化技術を採用したことを大きなセールスポイントとして打ち出しています。
汎用のハードとソフトウェアによる代替が進み、さらに「O-RAN」に代表される機器のインタフェースのオープン化が進めば、携帯電話会社は特定の通信機器ベンダーに縛られることなく、安価な機器を調達してネットワークを構築できるなど、さまざまなメリットが期待されています。
ですが、これまで移動体通信業界で仮想化技術の採用が進んでいなかったことを考えると、その実現には多くの課題があるのも、また事実のようです。
そうした仮想化技術の採用に向けた課題と、その解決に向けた取り組みについて説明したのがソフトバンクです。同社は2020年10月29日、エヌビディアのGPUを活用した5G仮想基地局の技術検証を実施したと発表しており、その詳細について説明しています。
移動体通信ネットワークの仮想化は当初、携帯電話ネットワークの中でも交換機などのコアネットワークで進められてきました。しかし、最近では無線通信処理をする基地局などの無線アクセスネットワーク(Radio Access Network、RAN)を仮想化した、仮想無線アクセスネットワーク(Virtual RAN、vRAN)に関する取り組みも進められています。
vRANの採用には、先に挙げたように特定ベンダーに縛られず、低コストで機器を調達できるなどいくつかのメリットがあります。しかし、同社が特に期待しているのは5Gの特徴の1つである低遅延を実現する上で重要な技術とされているMEC(Multi-access Edge Computing)とRANを融合し、より多くの場所でMECを展開することにあるようです。
そうしたことからソフトバンクでは、2018年よりLTEでのvRANに関する検証を進めてきたそうですが、2019年までは「まだ未成熟な技術」という評価だったとのこと。そこにはvRANを実現する上での大きな課題があったようです。
vRANの性能向上のためGPUを活用する理由
そもそも仮想化技術で、これまで専用のハードを用いて実現していた機能を実現するには、汎用のハードに相応する性能が求められます。ですが現状、vRANを汎用のサーバで実現するには専用のサーバと比べ性能が低く、その分多くのサーバーが必要用になることから、専用機器と比べより多くの電気とスペースが必要になるのだそうです。
実際、ソフトバンクが実施した試験によると、RANの中で無線信号処理を担うBBU(Base Band Unit)を汎用のサーバで実現した場合、性能は専用機器のBBUと比べ12~24分の1程度ながら、消費電力は5倍に上るとのこと。楽天モバイルのよう周波数帯と基地局数が少ない新興の携帯電話会社ならともかく、多くの周波数帯を持ち、既に全国に多数の基地局を設置しているソフトバンクが導入するにはハードルが高いのだそうです。
しかもvRANは5Gでの導入が考えられており、複数のアンテナを用いたMIMO(Multiple Input and Multiple Output)を積極活用することから計算処理が一層増え、そこにMECの処理も加わるとなると、より一層高い性能が必要になるとのことです。そこで、同社ではvRANに「アクセラレータ」、つまり特定の処理を高速化するハードウェアを搭載することで、この問題を解消しようとしています。
そのアクセラレータとして同社が採用を検討しているのが、エヌビディアのGPUではないかと想定されています。エヌビディアは「NVIDIA Aerial」という、GPUを活用した5GのvRAN向けソフトウェアを持っていることから、ソフトバンクではNVIDIA Aerial用いた技術検証を進め、実際に有効な結果が得られたとしています。
なぜ、エヌビディアのGPUなのかというと、同社はクラウドゲーミングサービスの「GeForce Now」の提供などで同社と以前から関係を持っており、以前からGPUを活用したvRANのアクセラレータに関する検証をしてきたことが理由の1つ。
そしてGPUは、従来アクセラレータとして主流だったFPGA(Field Programmable Gate Array)と比べて汎用性が高く、ソフトウェアの入れ替えが容易で、vRANとMECといったように異なるソフトウェアを並列で動作させやすいことが、もう1つの理由になっているそうです。
現在は、まだ検証段階にとどまっており、同社がGPUでアクセラレートしたvRANをどこまで本格運用できるかは未知数です。しかし、自動運転や遠隔操作、ゲームなど低遅延が求められるソリューションを実現する上でMECが有効な存在であることは確か。MECの広がりを考えた上でも、実用的な性能を持つvRANの実現は大いに期待される所ではないでしょうか。
佐野正弘 福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。 この著者の記事一覧はこちら