「Apple Watch Series 6」を使用し始めて1週間以上が経過したが、その進化は実に堅実なものだった。スペックの注目は、血中酸素ウェルネスセンサーの搭載やプロセッサの高速化(Series 4・5比で最大20%高速)、常時表示モード待機時におけるディスプレイの明るさ向上、充電速度の向上(フル充電まで1.5時間、従来は2.5時間)といったところだ。
外観の変化は小さいが、セラミックケースが廃止され、ステンレススチールケースとアルミニウムケースの色味が変更された。ステンレススチールケースの「ゴールド」はピンク基調だった従来に対してイエロー系の一般的なゴールドに、「グラファイト」と名付けられた新色は従来の「スペースブラック」よりも明るくメタリックな質感となった。アルミニウムケースには「ブルー」と「(PRODUCT)RED」が加わっている。
バンドについても、金具やバックルを使用せずに手首にフィットさせる3種類の新デザインを用意。また、ステンレススチールケースの新しい色味に合わせたミラネーゼループも投入している。
とはいえ、これらは大きなアップデートではなく、年次更新の予想できる範囲だ。恐らくApple Watchに関して多くのユーザーが気になっているのは、Series 6が昨年の「Apple Watch Series 5」からどの程度アップデートされているか、またより低価格な製品として新たに加わった「Apple Watch SE」とどちらを選ぶべきか、という情報だろう。
実は世代間での体感差が少ないApple Watch
あらかじめ結論めいたことを書いておくが、Appleは毎年Apple Watchの買い替えを促すような商品企画を、少なくともこれまでは行ってきていない。
初代Apple Watchが発売されたのは2015年。そこからメジャーアップデートを果たしたのは、第4世代となる「Apple Watch Series 4」(2018年発売)のときだ。ケースデザインを見直し、ディスプレイのサイズが大きくなり、このとき「Apple Watch Series 3」(2017年発売)のオーナーは少しAppleを恨んだかもしれない(筆者もその1人だが)。
しかし、そのSeries 3は現在、1万9800円(税別、以下同)の最廉価版Apple Watchとしてラインアップに残っており、最新のOSも動作する。Series 3はApple Watchのベースラインを設定した製品ともいえ、プロセッサの高速化、デュアルコア化、LTE対応と、製品の核となる要素が全て盛り込まれた。そうした核を基礎に、Series 4ではディスプレイを拡大し、文字盤のレイアウトも変更された。
これ以降は確実な進化を果たしつつも、世代間における体験の差が小さくなるように工夫されている。
例えばSeries 4と5を細かく見比べれば、幾つものアップデートが施され、ディスプレイの常時表示モードも加えられているが、CPUは同じものが使われている。Series 6では20%高速化されているとはいうものの、Series 4以降の製品で速度の違いを大きく感じることは現時点ではない。
筆者自身、Series 5から6に替えて1週間以上が経過しているが、Series 5との違いを感じるのはケースの色ぐらいかもしれない。速度やバッテリー駆動時間などの差はいまだに感じない。Series 3と5に最新のwatchOS 7をインストールしてみたが、特に不具合を感じるとはなく、従来通りに使いこなしつつ、主要な新機能も動いている。
こうした世代間における体験差の小ささは、恐らく意識してのことだ。今年もSeries 3がラインアップに残ったことを考えれば、来年に開発されるだろうwatchOS 8もSeries 3で動作することはほぼ間違いないどころか、再来年もアップデート対象となると思う。
このように世代間における大きな体験の差やOSの更新が非対応になるなどの理由ですぐに買い替えが促されることを心配する必要はない。Appleに言質を取ったわけではないが、世代を重ねたことである程度の信頼関係は消費者との間で築けてきた。
もし、AppleがApple Watchにおけるフルモデルチェンジのサイクルを3世代ごとと考えているのなら、来年は大きな変更が加わるかもしれない。しかし現在の完成度の高さ、アプリの互換性などを考慮するなら、スマートフォンやパソコンのように世代間ギャップをさほど気にせずに使いこなせる。
つまり、Series 3以前(特に「Apple Watch Series 2」以前)のユーザーならば、最新モデルへの買い替えには大きな意味があるだろうが、買い替えの促進よりも製品としての成熟度を毎年上げる方向で開発が進んでいるという印象が強い。
新しく引かれたApple Watchの基準線「SE」
Apple Watch全体の話から最新のSeries 6に話を戻すと、もともと、この世代で最も注目されていたのは、経皮的動脈血酸素飽和度の計測機能が入るかどうか、だった。血液中の酸素濃度を手から計測する方法は決して珍しいものではなく、技術的には以前からあるものだ。ただし、本格的にその機能を活用するとなると話が変わってくる。
国によって法規制が異なるため一概にはいえないが、日本では薬機法によって経皮的動脈血酸素飽和度の計測を行うためには医療機器認定を受けねばならない。AppleはSeries 6に搭載された新機能を「血中酸素ウェルネスセンサー」と表現しているのは、このセンサーが検出した値が医療行為の根拠になるものではない、と明確にしたいためだ。
実は指先に取り付けるタイプの認可を受けたものであっても、装着状態によっては低値を示すこともあり、使い方には一定のノウハウがある。Apple Watchでは計測が不安定な状態を検知すると「計測できませんでした」とメッセージを発するが、医療従事者の判断基準として使われないことを明確にしたいのだろう。
なお筆者が知る限り、Apple Watchが販売されている他国では経皮的動脈血酸素飽和度「SpO2」の計測と紹介されており、機能的にも性能的にも日本版の性能だけが異なるとは考えにくい。法的な扱いや診断基準に対する考え方を別にすれば、ハードウェアそのものは単なる名称の違いだと考えていいと思う。
さて、Series 6の血中酸素ウェルネスセンサーで血中酸素濃度の計測機能を一度利用すると、定期的に計測をしてその履歴が記録される。これだけでも、血中酸素濃度を気にしている(例えば、呼吸器系疾患などの持病がある方)ならば、本人の目安として安心とはいえるかもしれない。
あくまで現時点では参考値だが、自分自身がこのセンサーの検出する値をどう感じるかは別のことだ。なお、このセンサーによる計測をサードパーティーのアプリが利用したり、記録の履歴を分析できたりしてもよさそうだが、現時点ではそうしたデータ活用の方向性に関して何の言及もない。
とはいえ、バイタルサインを検出するセンサーがウェアラブルデバイスで増えることは望ましい。
前述したアップデート内容も含めて考えるならば、Appleは「Series X」として年次更新する製品に関しては、バイタル情報をモニターする手段を増やしていくことで、よりユーザーの体調や行動について把握できるようセンサー類を強化することに価値を見いだしているのだろう。この路線はしばらく、ゆっくりと続くことだろう。
しかし、言い換えればバイタルサインを検出する最新のセンサーに興味がないならばSeries 6に対する気持ちは動きにくい。そうしたユーザーに対して提供する、より購入しやすいモデルがApple Watch SEである。この製品はいわば、新しく引かれたApple Watchの基準線だ。
キホンを重視するならSE、ファミリー共有設定にも注目
Apple製品の「SE」には、さまざまな意味合いがこれまでも与えられていた。あるときは「Special Ediition」だったこともあるが、近年の意味は(Apple自身がアナウンスしているわけではないが)「Standard Edition」だろう。スタンダードは「標準」だが、Apple製品のSEは優れていないことを意味しているわけではない。
標準的な機能と性能を網羅しているという意味で捉えるなら、多くのニーズはSEで賄える。実際、(CPUが20%高速化されていることを除けば)Apple Watch SEの基本性能は昨年のSeries 5と同じで、ディスプレイの常時表示ができないくらいの違いだ。確かにランニング中に現時点でのステータスをチラ見できる常時表示ディスプレイは便利だが、日常において違いを大きく意識することはない。
むしろ一般ユーザーにとっては、ケースの素材がアルミニウムのみで、カラーが「シルバー」と「スペースグレイ」、そして「ゴールド」の3種類しか用意されていないことの方が、大きな違い、制約と感じるかもしれない。
また、LTE内蔵のGPS + Cellularモデルならば、watchOS 7の新機能である「ファミリー共有設定」によって、子どもや年老いた両親の安全を守るためにもApple Watchを利用できる。その際、家族に渡すGPS + Cellularモデルとしては、Series 6より1万9000円安価なApple Watch SEが第一の選択肢になるはずだ(Series 3はGPSモデルのみ)。
ファミリー共有設定とは、自分のiPhoneに家族が使うApple Watchも合わせてペアリングできる機能のこと。ファミリー共有設定でセットアップしたApple Watchを子供や高齢者に装着するよう促しておけば、所在地やバイタルの状況をリモートで把握したり、音声通話やメッセージでつながったりができる(日本でファミリー共有設定に対応するキャリアは現時点でKDDIのみ)。
Apple Watchが集められる情報は、Wi-FiだけでなくLTEからもペアリングしたiPhoneにまで送られるため、後期高齢者だけの世帯を抱えている場合や、子どもの安全をもっとアクティブに守りたいといったニーズに応えられる。
GPS + Cellularモデルの3万4800円という価格は子供に持たせるには高価と感じる方もいるだろうが、Apple Watch SEが今後もベースラインの製品として存在し続けるならば、いずれは価格も下がるだろう。
利用者自身のウェルネス、ヘルスケアだけではなく、子どもや両親といった大切な人たちを守るためのデバイスとして今世代のApple Watchと、その周辺を支えるサービスなどは磨き込まれている。多くのスマートウォッチがあるが、万能性、汎用(はんよう)性という意味では他に比肩する製品を思い付かない。