今後5年間でテクノロジーが世界をどう変えるか、テクノロジー・パイオニア2020選出企業に見解を求めました。
量子コンピューターから、普及が進む5G技術、そして癌の長期コントロールまで、彼らの近未来予測を前編・後編に分けてご紹介します。
1. AIによる製造の最適化
紙と鉛筆による管理、運、大規模で世界的な移動、不透明なサプライチェーンが支える今日の世の中は、大量のエネルギー、物質、時間を無駄にしています。新型コロナウイルス感染拡大により長期的に国や地域間の移動ができない状態となったこともあり、製品の設計や製造を手掛ける企業は、製造ラインから始まり、サプライチェーン全体にわたる製品やプロセスのデータを集約し、インテリジェントに変革し、状況に応じながら送り出す、クラウドベース・テクノロジーの採用を急速に進めていくでしょう。
2025年までに、このデータのユビキタス化の流れと、それを処理するインテリジェントアルゴリズムにより、製造ラインにおけるアウトプットと品質の向上へ絶えず最適化を行うことが可能になり、製造における無駄は全体で最大50%削減されると考えられます。その結果、私たちはより高品質の製品を、より早く、より安価に、そして、環境にも優しい方法で手にすることができるようになるでしょう。
──アンナ-カトリーナ・シェドレツキー氏、インストルメンタルCEO
2. 広範囲にわたるエネルギートランスフォーメーション
2025年には、カーボンフットプリント(二酸化炭素排出量)は今日の飲酒運転のように、社会的に容認できないものとみなされるようになるでしょう。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)により、私たちの暮らし方、健康、そして、未来に対する脅威に立ち向かうための行動に、世の中の関心が集まるようになります。
その関心が政府の政策と行動の変化を促し、カーボンフットプリントにも世界が厳しい目を向けるようになります。個人、企業、そして国家が、カーボンフットプリントを無くす「ネットゼロ」達成のため、最も迅速、かつコストの少ない方法を模索。持続可能なネットゼロの未来が、世界の二酸化炭素排出量を大幅に削減する広範囲のエネルギートランスフォーメーションや、二酸化炭素を回収・利用・除去する大規模な炭素管理産業の誕生により構築されます。あらゆる新しいテクノロジーが世界の二酸化炭素排出量の削減と除去を目指すことで、過去の産業革命やデジタル革命と肩を並べるようなイノベーションの波が生まれるでしょう。
──スティーブ・オールダム氏、カーボン・エンジニアリングCEO
3. コンピューティングの新時代
2025年までに、量子コンピューティングはその黎明期を脱し、第一世代の商用デバイスが実世界の重要な課題への取り組みに使われるようになるでしょう。この新時代のコンピューターの主な用途のひとつとなるのが、複雑な化学反応のシミュレーション。これは、新薬開発の新たな道を切り開く強力なツールとなります。量子化学計算によって、特定の特徴を持った新素材を作り出せば、例えば自動車産業で、排出量を抑制し気候変動に対抗するより優れたカタリストを生み出すこともできます。
現在、医薬品や高機能材料の開発は、作っては試すやり方が主流。何度もやり直すので時間もお金もかかります。製品開発サイクルの短縮と研究開発コスト削減に大幅に貢献する量子コンピューターは、この状況をあっという間に一変させるでしょう。
──トーマス・モンズ氏、アルパイン・クアンタム・テクノロジーズ共同創設者兼CEO
4. 食習慣による予防への医療のパラダイムシフト
2025年までに、ヘルスケアシステムにおいて、より予防的な健康へのアプローチが重視されるようになるでしょう。野菜中心で栄養豊富な食事の効用の裏にある科学は、AIとシステムバイオロジーによる技術が、特定の野菜の栄養素が人体の特定の部分にどう作用し、どういう効果を生むかという知識を飛躍的に発展させることで、次々と解明されていくことでしょう。
2020年のパンデミック後、消費者は基礎的な健康の重要性を意識し、自然な免疫力を高める、より健康的な食べ物をますます求めるようになるでしょう。世界の食品産業は、栄養学へのより深い理解を武器に、理想の健康状態をサポートするためのさまざまな製品を提供することで、その需要に応えることができます。よりレジリエントな生活のために、ヘルスケア業界は、地球上の植物に関する理解を促進し、持続可能でない犠牲を削減していくために、人々が自分自身の健康をケアすることを奨励するようになるでしょう。
──ジム・フラット氏、ブライトシード共同設立者兼CEO
5. 世界経済を強化し、命を救う5G
アマゾンやインスタカートなどの事業者が、当日配送の需要を満たすことで、配送サービスは瞬く間に急成長しましたが、そのサービスにはまだ限界がありました。しかし、5Gネットワークの普及とそれに直接連携する自律ボットがあれば、数時間以内に安全に商品を配達することができるようになります。
Wifiではここまで大容量の需要には対応できません。外出自粛によりビジネスや学校の授業がビデオ会議に移行し、ネットワークの品質の低さが問題になりました。低遅延の5Gネットワークはこの信頼性の問題を解決し、遠隔医療、遠隔手術、ERサービスなど、より大きな容量が必要なサービスも可能にします。スマートファクトリー、リアルタイムモニタリング、コンテンツ集約型でリアルタイムの処理ができるエッジコンピューティングなど、経済を加速させる技術に企業が移行するコストも相殺できます。5Gのプライベートネットワークはこれらを実現し、モバイルサービス経済を変革します。
5Gの展開は、自動運転ロボットや「モビリティ・アズ・ア・サービス」の経済など私たちの想像に留まっていた市場、そして、その他想像もできないような市場も創出。次世代の人々が新たに隆盛する市場と明るい未来への種を生み出すことでしょう。
──マハ・アシュール氏、メタウエーブ創設者兼CEO
6. 癌管理のニューノーマル
テクノロジーはデータを動かし、データは知識の触媒となり、知識は力を生み出します。これからの世界では、癌は、他の慢性的な健康異常と同じように管理されることになるでしょう。今後起こることを正確に特定し、それを克服することができるようになります。
つまり、癌管理のニューノーマルです。ゲノム配列解析やリキッドバイオプシーなどの診断技術が発達し、検査をより簡単に、より高い精度で、そして、理想的にはより手頃なコストで実現。より早期に、予防的なスクリーニングが行えるようになるでしょう。多くの種類の癌の早期発見と介入は、命を救うだけではなく、発見の遅れによる経済的・心理的負担を軽減します。
さらに、テクノロジーは治療における革新も進めます。副作用が少ない遺伝子編集や免疫療法はさらに進歩するでしょう。早期スクリーニングと治療が共に進歩していけば、癌はもはや、人々に恐れられる呪われた病気ではなくなります。
──ワン・シージェン氏、ジェネトロン・ヘルスCEO
7. 小売におけるロボット応用
ロボット工学はこれまで多くの産業で活躍してきましたが、食料品販売などいくつかの分野はほとんど手付かずのままでした。「マイクロフルフィルメント」と呼ばれる新たなロボットの活用により、食料品小売分野はその姿をがらりと変えるでしょう。サプライチェーンの上流でロボットを使っていた従来の方式とは対照的に、「ハイパーローカル」レベルの下流でロボットを使うことで、この100年の歴史を持つ5兆ドル規模の産業は一変、あらゆるステークホルダーが大きな変化を経験することになります。小売業者が何倍もの生産性で事業を展開するようになることで、オンラインの食料品販売ビジネスにも今はない前向きで魅力的なリターンがもたらされます。
このテクノロジーはまた、食品へのアクセスの間口を広げ、スピード、在庫状況、そして価格と、消費者への提案を全体的に改良します。マイクロフルフィルメントセンターは既存の(典型的には生産性の低い)店舗レベルの場所にも置くことができ、実店舗に比べ運営費を5~10%節約できます。オンライン化の価値は、小売業者と消費者双方に等しくもたらされると私たちは予測しています。
──ホセ・アグエレベーレ氏、テイクオフ・テクノロジーズ共同創設者、会長兼CEO
8.物理空間と仮想空間の曖昧化
このパンデミックが私たちにもたらした教訓のひとつは、単に仕事をする目的のためだけではなく、本当の心の繋がりを築くために、コミュニケーションを維持・促進するテクノロジーがいかに重要かということです。今後数年間で、AIテクノロジーにより、人間的なレベルで人と人とが繋がり、物理的に離れていてもお互いを身近に感じられるようになり、この進歩をさらに加速。物理空間と仮想空間の境界線は永遠に曖昧になるでしょう。SXSWからグラストンベリー・フェスティバルまで、多くの世界的なイベントは、単なるライブストリーミングを超え、そこにいるのとまったく同じ体験を提供する完全デジタル化に向かうかもしれません。
しかし、これらのサービスはただ提供するだけでは不十分。消費者から信頼を得るためには、データプライバシーを最優先に考えなければなりません。新型コロナウイルスのパンデミックが始まった当初、ニュースではビデオ会議を提供する企業のセキュリティに対する懸念が多く取り上げられました。この懸念は解消したわけではありません。デジタルコネクティビティが進歩する中、いかなるサービスも、完全な透明性とデータの制御を欠いたものをユーザーに提供することは許されなくなっています。
──トゥッチェ・ブルト氏、ストリートビーズCEO
9. 医療機関中心から個人中心の医療へ
2025年までに、文化、IT、健康の各分野の境界線が曖昧化されていくでしょう。エンジニアリング・バイオロジー、機械学習、シェアリングエコノミーが医療体制を分散化する枠組みを構築し、医療機関から個人へ移行させていきます。
これを後押しにするのは、AIの進化と新しいサプライチェーンのメカニズムであり、それにはエンジニアリング・バイオロジーによって世界中のあらゆる場所にいる個人にシンプルかつ低コストの検査を提供、リアルタイムの患者データを手に入れることが必要です。結果、最も重症のケースのみがその一歩先の治療を必要とするようになり、感染症などの急性疾患における罹患率、死亡率、治療費は減少。入院を要する感染者が減り、疫学は劇的に変化し、医療システムへの負担は軽減されます。そして、診断の低廉化により費用と権限が個人に移行することで、コスト削減と治療の質向上が同時にもたらされ、治療の費用効率も高まります。
これまで切り離すことができなかった健康、社会経済的地位、生活の質の間のリンクがほどけ始め、健康=医療機関へのアクセスとみなすことで存在していた緊張関係は消滅します。日常的なケアからパンデミックまで、これらのコンバージング・テクノロジー(特定の目的を達成するために2つ以上の異なる分野の科学や技術を収れんする技術)は社会経済的要因を変化させ、世界中の人々の健康状態に対する多くの困難を和らげるでしょう。
──ラフル・ダンダ氏、シャーロック・バイオサイエンシズ共同創設者兼CEO
(この記事は、世界経済フォーラムのAgendaから転載したものです)