iPS細胞を使って、がんを治療する試みが進んでいる。iPS細胞からがんをたたく免疫細胞を大量に作って患者に投与する。千葉大学などが国内で初めてとなる治療に乗り出すほか、先行する米国では血液のがんなどで臨床応用を進める。iPS細胞を生かした効果的ながんの新しい治療法になると期待される。
千葉大病院と理化学研究所は、iPS細胞から免疫細胞を作ってがん患者に投与する臨床試験(治験)を医師主導で8月にも始める。鼻や口、耳などにできる頭けい部がんの患者4~18人が対象で、安全性や効果を調べる。iPS細胞を使ったがん治療は国内では初めて。2020年代の普及を目指す。
iPS細胞から作るのは「NK(ナチュラルキラー)T細胞」と呼ばれる免疫細胞の一種だ。血液に含まれ、様々ながんを攻撃する働きがある。治療では、健康な人のNKT細胞からiPS細胞を作った後、再びNKT細胞を大量に作製して患者に投与する。
千葉大は患者自身のNKT細胞を体外で増やしてから患者に戻す治療を試み、一部のがん患者では顕著な効果があった。ただNKT細胞は血液中にわずかしか含まれず、NKT細胞がうまく増えない患者がいたほか、十分な効果が得られないケースもあった。
iPS細胞を使えば大量に安定してNKT細胞が供給できる。頭けい部がんで成功すれば、肺がんなど患者が多いほかのがんでも治療を検討する。千葉大教授の本橋新一郎さんは「NKT細胞はがんをたたく能力は高いが、副作用も強い可能性があり、安全性に注意して進める」と語る。
病原体から身を守る免疫の働きを生かして、がんを治療する方法は「がん免疫療法」と呼ばれる。免疫細胞を大量に増やせるiPS細胞を使えば、品質のそろった治療用の細胞が大量に手に入る。多くの患者を治療できるうえ、治療にかかる費用も抑えられる。免疫細胞の遺伝子を変えれば、効果を高めたり副作用を抑えたりすることもできる。
iPS細胞を使ったがん治療は米国が先行している。米ベンチャーのフェイト・セラピューティクス(カリフォルニア州)は19年から、iPS細胞から免疫細胞を作り患者に移植する治験に取り組む。すでに遺伝子を改変したNK細胞など5種類の免疫細胞を使って、血液のがんなど7件の治験を進める。細胞の遺伝子を改変して、がん細胞だけを攻撃するよう細工したり攻撃力を高めたりして、治療効果の検証を進める。
国内でも、患者で治療を試みる計画が千葉大以外にも進んでいる。京都大学iPS細胞研究所ではキリンホールディングスなどと協力して、遺伝子を改変したiPS細胞からがんを攻撃する免疫細胞を作製する共同研究を進める。京大は武田薬品工業ともプロジェクトを進めており、21年までに臨床応用の開始を目指す。
iPS細胞を使うがんの免疫療法が注目を集めるのは、先行して進む免疫細胞を使った治療が成果を上げているからだ。スイスのノバルティスが17年に実用化した白血病向けの治療薬だ。「CAR-T療法」と呼ばれる。がん患者の免疫細胞を取り出し、遺伝子を改変して投与する治療で、末期の患者からがん細胞が消えるといった顕著な効果があり、米国では約5000万円の高額な薬価がついた。
免疫細胞を用いたがん治療は血液がんで効果が高かったが、肺がんや食道がんなどの固形がんでは効果がみられないケースが多かった。がん細胞をしっかり捕まえるような目印が見つからなかったり、固形がんは免疫細胞からの攻撃をうまく避けたりする理由が考えられている。
その点、iPS細胞から作った免疫細胞は増える能力や免疫の働きを持つ物質を多く分泌するため、固形がんにも高い治療効果を持つ可能性がある。患者自身の免疫細胞を使うよりがん細胞への攻撃力も高く、固形がん治療の突破口になると期待される。iPS細胞と同じように増殖する胚性幹細胞(ES細胞)を活用する動きもあり、京大ウイルス・再生医科学研究所が計画している。
がん治療には手術や抗がん剤などがあり、がん免疫療法も新たな選択肢として広まりつつある。国内外で進展する治験が成功して新たながん治療として定着するかどうか、数年以内に明らかになるだろう。