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5G元年、スポーツ配信は進化する。放映権「ダム崩壊」の危険性とは

テレビCMでホワイトのユニホームに身を包んだ八村塁がコートを駆け回る姿をご覧になった方も少なくないだろう。

2020年は「5G元年」とされ、通信各社にとってビジネス上の変革期。よって、ソフトバンクは八村を起用したあのCMで5Gによる躍動感を打ち出している。

5Gについては各項で解説されているので、ここであくまで簡単に触れるだけに留める。5Gは第5世代移動通信システム。通信3社は2020年春のサービス開始を目指す(ドコモは25日、ソフトバンクは27日開始を発表、auは23日に発表会を予定)。新規参入の楽天は6月をターゲットとしている。

10Gbpsを超える通信速度、LTEの約1000倍の「大容量通信網」を目指す。現在使用されているスマホ(4G)が225Mbps以上の通信容量であるのと比較すると、5Gは3.2Gbps(ミリ波使用時)となり、単純にメガからギガに変わっている点を考えれば、その差は容易に想像できる。

情報の流れは光のごとく速いが、電波は繊細

5Gでは、運ぶ情報の量が、高速バス(50人乗り)からエアバスA380(500人乗り旅客機)へと変わるぐらいドラスティックな技術革新だ。「多数端末接続」「高速大容量」に加え「低遅延」、この3つの特徴を押さえて欲しい。

もっと単純化すると、情報が流れる「土管」が超ぶっとく、流れは光のごとく速く、送り手受け手が土管の口に押し寄せている…そんなイメージで良いだろう。

これにより各産業界に革新をもたらすとささやかれている。4K/8Kの高画質映像をデリバリーすることで、ARやVR、XR体験が可能になり、自動運転のサポートが容易になるほか、遠隔操作で土木、農業、医療の分野にも貢献できそうだ。

ただし、5G展示会などをご覧になった方が「遠隔で外科手術ができるようになる」というような聞きかじった知識をメディアなどで開陳しているケースが散見されるが、そうしたソリューションが現時点ですぐに着地するかについて、筆者はかなり疑問に感じる。

というのも5Gで使用される電波は繊細で、ミリ波などは遮蔽物に非常に弱く、ちょっとした障害物により簡単にシャットアウトされてしまう特性がある。

大仰に例えれば、糸電話のようなもの。糸はまっすぐピンと張られていなければならず、接触物により音声が寸断されてしまいかねない。

こうした弱点がある限り、特に生命を預かる遠隔外科手術のようなソリューションは少なくとも数年は「夢物語」であり、具現化されるまでには相当の月日を要する。危険を伴う建築土木作業などもまだ用心が必要だろう。

ラグビー・ワールドカップ日本開催。なぜ汐留の会場だけ5G?

では何の役に立つのだろうか。やはり現時点では観光、エンターテインメントそしてスポーツなどレクリエーション要素に富んだ領域から導入が進んで行くだろう。各通信社の5G TV CMがスポーツやエンターテインメントをテーマにしているのは、そんな実情が反映されている。

NTTドコモが2019年ラグビー・ワールドカップ日本開催においてサポーティング・カンパニーとなり、今年の東京オリンピック・パラリンピックでもNTTグループとして、ゴールドパートナーに名を連ねているのは、そんな狙いがあるからだ。

実際、昨年9月20日のワールドカップ開幕戦「日本対ロシア」戦において、ドコモは5Gを「プレ商用」化。味の素スタジアムと汐留の間を一部5Gでつなぎ、大画面映像や大容量画像をデリバリーし、汐留に招いたメディアを含む観客に披露した。

2019年、日本で開催されたラグビー・ワールドカップ。日本中が熱狂した (Getty Images)

ここで留意しなければならなかったのが、放映権だ。

ワールドカップの映像については、NHKや日本テレビが莫大な権利料を支払い放送する。しかし、放送網を介さずとも5Gを使用することで、4K、8K映像の視聴が可能になるため、放映権の侵害が想定される。

この「プレ商用」においては、あくまで汐留の閉じられた会場において、限定された招待客のみが視聴できる座組のため、放映権には抵触しない実証実験としての扱いだった。

だが、5G網が充実し本格的に商用化された際、どのような弊害が起こるか。

商用化後の今夏、あくまで限定されたエリアのみだが、東京オリンピック・パラリンピックの各会場は5G化される。

昨年から先行して5G化が進められているアメリカでも、シアトル在住のマーケターに訊ねたところ、「5G端末を持っている人は稀だし、電波も忘れた頃に『あ、ここは5Gだ』というぐらいで、まだ5G社会が到来したという実感はない」とのことだった。よって、日本でもすぐさまユーザーに5Gのスマホが行き渡るとは想定しにくい。

しかし、もし5Gスマホを持つユーザー8万人が新国立競技場に集まり、開会式を見守ることになったら何が起きるか。とりあえず、ここでは無事、今年予定通りにオリンピックが開催されると仮定しよう。

昨年3月20日、東京ドームにてオークランド・アスレチックス対シアトル・マリナーズのMLB開幕戦が行われ、21日の2試合目ではイチローの引退が発表された。

私自身、三塁側マリナーズのダッグアウト後方の席に座っていたため、イチローの打席を正面から見据えることができ、毎打席その動画を撮った。私の隣も、その隣も、その隣も、ネット裏も一塁側の観客も、みなスマホを構え、静止画ではなく動画を撮っていた。

ただし、東京ドームに詰めかけた観客が、撮影した動画をその場でSNSなどにアップロードしようとしたため、スマホには円を描く「ぐるぐる」という例の「待ち」アイコンが表示されるだけで、いっこうにアップロードされることはなかった。私も、隣席も、その隣も「ダメですね」と諦めた。

これが4Gの世界。だが5Gの世界では、そのアップロードにストレスはなく、実現される。

つまり5Gの新国立競技場では8万人の観衆が開会式の模様を録画しSNSなどに即時アップロードすることが可能となる。中にはライブストリーミングする観客も現れるだろう。現在でもアップロード、ストリーミングは当たり前だ。しかし、それが何万人も集まる競技場でも可能になる。

五輪会場では動画撮影禁止。でも聖火リレーはOK?

オリンピック・パラリンピックの入場券購入に際しては、規約にて五輪会場での動画撮影は禁止とされ、購入者はその規約に同意したことになる。これは、テレビ局がすでに購入済の放映権に抵触しないための規約だ。

放映権は日本国内に限った問題ではない。国際オリンピック委員会(IOC)の収入の半分を捻出しているとされるアメリカ3大ネットワークのひとつNBCの放映権にも波及する大事だ。

だがしかし、8万人の観客が動画撮影を同時に試みたとすると、いったい誰がそれを取り締まるのだろう。5Gの「多数端末接続」という利点がここで最大限に生かされつつ、権利問題へと発展する。

つい先日、日本で行われる聖火リレーについて、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会は「動画による撮影禁止」の通達を出し、あまりの批難の声に翌日撤回。「動画撮影も問題なし」とした。記憶に新しい。

こうした傾向はYouTubeが登場してから今日までの歴史の再現になるだろう。

YouTube到来のように、5G時代には抗えない

ユーザーが簡単に動画をアップロードできるSNSが登場した当初、メディア関係者は「著作権法違反を招く」と積極的に取り組むことはなかった。テレビ放送からひっぱりだされた動画は予想通り著作権に抵触する運びとなり、YouTube側が削除する動きもあった。

しかし、YouTubeが動画インフラとして多大な露出力を誇るようになると、むしろミュージシャンが公式PVをアップ、スポーツ団体やテレビ局でさえ「公式チャンネル」をYouTube上に抱えるような現在となった。今ではインスタやTikTok、17 Liveなどさらに広がりを見せている。

ユーザーによる動画の即時アップロードやLIVEストリーミングは、5G時代の到来により現在よりも、より普遍的なソリューションへと脱皮する。YouTubeにより動画チャンネルが常識的になった過去と同様、その流れは止めようがない。この潮流は、ダムの決壊のごとく、一度崩れてしまえば、もとに戻すことは不可能だ。

実際、テレビを視聴する側からしても、限定されたアングルしか提供されないテレビ放送と、スタジアムを取り巻く観客が無数のアングルから提供してくれる映像とどちらが興味深いだろう。編集や音声のクオリティ差は残るが、4K/8Kそして5Gの到来により、画質としてはプロとアマの差異は、かなり埋められてしまう。

これが実現すると、収まらないのは高い放映権を支払いオンエアしているテレビ局だ。ユーザーによる動画放送を取り締まることができないなら、「放映権を値下げしろ」という論調も飛び出すだろう。

これはIOCを始め、MLBやNBAなどスポーツ団体も収入減を招きかねない。また、放映権の売買などを生業としている電通に代表されるような世界の大手エージェントも、利権を失う。そうだとしても、スポーツ放映権の「ダム崩壊」は、YouTubeの到来のように、抗いようがない。

5Gの波とともに押し寄せるスタジアムの観客達によるユーザー・ジェネレイテッド・コンテンツ(UGC)とスポーツ放映権の「ダム崩壊」が生み出す、スポーツ視聴の新しい形態は果たして、どんな未来を作り出すだろう。



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