●Googleのビジネスの根本を揺るがす逆風
2019年はGoogleにとって、前年に続いて人々の考えや社会といった周りの環境の大きな変化に直面した年でした。平たく言うと「逆風にさらされた年」でした。どういうことかというと、例えば下は2010年に独ベルリンで行われたIFAの基調講演でのEric Schmidt氏 (当時Google CEO)の発言です。
「私たちは、あなたが次に何をすべきか、何に関心があるかお薦めできます。想像してみてください、私たちはあなたがどこにいるか、何が好きかを知っています」
これ今だったら想像してもらったらダメなことです。同じ年にThe Atlanticのインタビューでも次のように語っています。
「(検索のために)タイピングしてもらう必要もありません。あなたが許可してくれたから、私達はあなたがどこにいるか知っています。あなたが許可してくれたから、あなたがどこにいたかも知っています。多かれ少なかれ、あなたが考えていることを私達は想像することができます」
いま公の場でこのようなことを述べたら不気味に思われることでしょう。
意地の悪い書き方をしましたが、Googleが恐ろしい企業だと言いたいのではありません。10年前は公の場でそのような発言をしても問題なく、逆にたくさんの人が新たな可能性に期待を膨らませました。そうした社会の反応を追い風にGoogleは事業を展開してきました。
ところが、フェイクニュース問題、Facebookのユーザー情報流用問題などが起こって、人々のプライバシー保護に対する意識が大きく変わりました。企業がどのような情報を収集し、どのように利用しているのか、常にユーザー本人が確認できて、自身で管理できる手法の確立が求められようになり、また不要な情報の削除や暗号化の徹底、企業が保有するユーザー情報の開示を求める声が上がっています。「ユーザーの許可を得た」といっても、従来の承認のプロセスやポリシーは分かりにくく、いつの間にか許可を与えていたということがめずらしくありませんでした。2019年1月には個人情報利用の許可をユーザーから得る手続きが不明瞭だったという理由で、フランスのデータ保護機関がGoogleに制裁金を命じています。
情報収集に関して、10年前は検索の進化に期待する声が追い風になっていました。でも、今はプライバシー保護を重んじる人々の声が逆風になっており、舵を大きく切り直さざるを得ない状況に直面しています。
1月:個人情報取得めぐりフランスで制裁金5,000万ユーロ。
2月:EU競争法違反で欧州委員会が14億9,000万ユーロの制裁金。
6月:反トラスト法違反で米司法省が調査開始という報道。判断が難しかったIT大手への情報集中に関して、米司法省が反トラスト法に新解釈。
7月:米IT大手4社を対象に、米議会下院で反トラスト法違反の可能性を調べる公聴会。
9月:YouTubeの子供のプライバシー保護が不十分であるとして1億7,000万ドルの制裁金。米50州・地域がGoogleの広告事業の反トラスト法違反の可能性を調査。
10月:Googleが位置情報の収集や利用に関して適切な説明を行わなかったとしてオーストラリアの競争・消費者委員会が提訴。
5月に開催した開発者カンファレンスGoogle I/Oでは、各種サービスの利用履歴を一定期間後に自動消去できる機能、Google Mapsと検索にシークレットモード追加、Googleアカウントの改善などを発表。Androidにも、個人データを保護しつつ機械学習する「Federated Learning」、サードパーティのアプリとの位置データなどの共有をユーザーが簡単に管理できる機能などを追加しました。検索では、フェイクニュース対策を含む3回の検索アルゴリズムのアップデートを実施。11月には、YouTubeが子供向けのコンテンツに関してプライバシー保護を厳格化するように規約を変更しました。
こうした対策は、ターゲティング広告を軸としたGoogleのビジネスの根本を揺るがします。加えて、プライバシー保護対策によって、費用の伸び率が売上高の伸びを上回る高コスト体質に陥っています。
それでも、かつてと違って、データを持つことがコストになるリスクが高まっています。「ユーザーの信頼とプライバシーを基盤とした事業」を確立することが、今のGoogleにとって最優先課題です。
●創業者の突然の退任発表でも株価が落ちなかった理由
今のGoogleはもう1つ、同社の企業倫理を巡る社員との対立という問題も抱えています。
きっかけはAndroid事業を率いていたAndy Rubin氏がセクハラを理由に退社した際に、莫大な退職金を受け取っていたという2018年の報道でした。それを知ったGoogle社員が反発の声を上げ、数万人規模のウォークアウトが実施される騒ぎになりました。過去のセクハラ問題について公表するなど、Googleが対応に努めたことで一度は収束に向かいました。ところが、ウォークアウトを主導していた社員や人権保護を主張してきた社員に会社が圧力をかけていた疑いが明らかになって対立が再燃、泥沼化しています。
これは表面化している騒動よりも根深い問題です。「邪悪になるな (Don't be evil)」という非公式モットーを掲げた創業間もないGoogleは誰からも好かれる新進気鋭のシリコンバレー企業でした。そのイメージのままのオープンな企業文化、社員の自立性を尊重した組織で、世界中から優秀な人材を集め、それを成長の原動力にしてきました。しかし、今やAlphabet (Googleの持ち株会社)の社員数は11万人を超え、Googleは強大な影響力を持つ企業として大きな社会責任を負うようになり、スタートアップ企業とは異なる管理、経営のアプローチを必要としています。
社員とGoogleの対立には、「邪悪になるな」の頃のままの企業文化を求める社員と、開かれた企業を重んじながらも2018年に「邪悪になるな」の看板を下ろした今のGoogleの企業文化を巡る対立という側面があります。人権、AIの軍事利用、検閲制度のある中国での事業展開など、様々な衝突に広がっています。
このままGoogleは企業として大人になっていくべきなのか、それともかつてのGoogleらしさを取り戻すべきなのか。答えは明らかです。
2019年12月、Googleの創業者デュオであるLarry Page氏とSergey Brin氏が揃って経営の一線から退きました。Alphabetの役職を返上し、今後は取締役としてのみ関与します。「A letter from Larry and Sergey」というメッセージの中で2人は次のように退任を説明しています。
「今日は2019年だ。会社が人間だったら21歳のヤングアダルトであり、巣立ちの時だ」
Google創業者らしい表現ですね。でも、このメッセージは同時にそんな遊び心を持ったGoogleの巣立ちを意味します。
2人の退任はGoogleの次のステップとして評価されています。2015年にAlphabetを持ち株会社とする体制に移し、Page氏がCEOに、Brin氏が社長に就任してから、2人はそれぞれが関心を持つ領域に活動を絞り込み、傘下企業の経営からは距離を置いていました。それでもAlphabetのトップであり続ければ、Googleを含む傘下企業の舵取りを期待されます。何もせずとも進んでいく追い風の時ならともかく、逆風に直面している今は実際に舵を握る人に任せるべきです。だから、伝説的な創業者の引退宣言にも関わらず、退任発表がAlphabet株に影響することはありませんでした。
昨年秋のAndroidのメジャーアップデートからGoogleは、スイーツの名前を付けるのを止めて、シンプルに「Android 10」としました。CupcakeやMarshmallowといったお菓子の名前は遊び心に溢れているけど、どれが新しいバージョンなのか名前から判断しにくくて非効率です。遊び心がGoogleから薄れていくのは惜しい気もしますが、そんな細かいところにまでGoogleのヤングアダルトから「大人の企業」への成長が浸透しています。企業倫理を巡る社員との対立についても、しばらく時間がかかると思いますが、今のGoogleの企業文化の確立・浸透で解決していくことになるでしょう。
●スマートスピーカーの競争でAmazonのリードを許す
2019年もGoogleは10月にハードウェア製品の発表イベント「Made by Google」を開催し、スマートフォン「Pixel 4」や超薄型軽量ノートPC「Pixelbook Go」などを発表しました。また5月のGoogle I/Oで「Pixel 3a」を発表しています。
Made by Googleを開始してから今年で4年目。HTCのスマートフォン部門を買収、Nestチームの統合、Fossilのスマートウォッチ知財買収、そしてFitbit買収発表と、Googleは着実にハードウェア事業を強化しています。しかし、2019年にMade by Googleは壁にぶつかりました。
Canalysの世界のスマートスピーカーの出荷台数レポート(2019年第3四半期)によると、Amazonが前年同期比65.9%増で1000万台を超えた一方で、Googleは前年同期比40%減の350万台でした。Googleは発表イベント前、AmazonはPrimeデーを開催した四半期でしたが、2019年は常にAmazonが上回り、またGoogle HomeとEchoが競合するようになってからこれほど差が開いたことはありません。ホリデーシーズンに向けてAmazonが「Echo」を第3世代に刷新し、数多くのEchoシリーズの新製品を投入したのに対して、Googleのスマートスピーカー新製品は音質を向上させた「Nest Mini」だけでした。
米国スマートTV市場でAndroid TVはTizen (Samsung)、webOS (LG)に次ぐ3位、すぐ下からRokuに迫られています。また米国のストリーミングメディアプレイヤーはRokuとAmazonで約7割のシェアという状態で、Googleは年々シェアを落としているにもかかわらず、2019年にChromecastの新モデルを投入していません。
上位のスマートフォンの「Pixel 4」もそれまでの世代に比べて厳しい評価に直面しています。代表的なのがiPhoneしか見えていないという意見です。Googleは、9月のiPhone 11/ 11 Proにぶつけるように10月にPixel 4を発表しましたが、搭載プロセッサはSnapdragon 855です。Snapdragon 855は2018年12月発表で、最新のハイエンド向けプロセッサとは言っても2019年10月は製品サイクルの終盤です (2019年12月にSnapdragon 865発表)。そのタイミングでは最新のスペックにこだわるハイエンドAndroid端末ユーザーには響きません。
初代Pixelが登場した時は、ハイエンドを占めるiPhoneを狙ったスマートフォンに価値がありましたが、今やiPhoneに対抗するAndroidスマートフォンはたくさんあります。それは多眼カメラであったり、コストバリュー、フォルダブルのような新スタイルであったり様々。それらが機能や性能、特徴を激しく争う中で、Pixel 4は競争力を発揮できていないと指摘されています。
Google Assistantは素晴らしい成長を見せているし、Googleがスマートフォンに提供するコンピューテーショナルフォトグラフィはユニークなものです。Made by Googleの製品は、そうしたGoogleのサービスや先端的な技術の価値を引き出すハードウェア製品です。が、それも消費者に届いてこそです。定期的な製品の強化や新モデルの投入、製品の売り方といった面で消費者を惹き付ける一手に欠けているのが現状。今でも2016年発売のGoogle Homeで事足りると言えば事足りますが、売る競争が激しくなってきた普及期にそれでは消費者は満足してくれません。Google HomeでGoogleは自身のハードウェアから音声検索の普及を促せただけに、その成功を無為にするのは惜しいことです。
とはいえ、Pixel 4で米国の4大キャリア全てでの販売を達成。春に発売したPixel 3aがコスパで評価されるなど、消費者への訴求の改善も見られました。Made by Googleで本当にGoogleがハードウェア事業を育てていこうとしているのか、2020年は同社の本気が試されます。