新たな医薬品を開発する創薬のプロセスで大きなボトルネックとなっているのが、臨床試験の被験者募集だ。ある調査によると、臨床試験の約40%で被験者が不足しているという。
カリフォルニア州パサデナに本拠を置くAIスタートアップ「Deep 6」は、これまで数ヶ月を要していた被験者探しを数分に短縮することに成功した。同社は、2019年11月に1700万ドルを調達したことを明らかにした。これにより同社の累計調達額は2200万ドルとなり、評価額は5000万ドル(約54億円)に達した。
特定の臨床試験に最適な被験者を探すためには、患者の健康状態に関する情報が必要となる。しかし、こうした情報はEMR(電子医療記録)や医師のノート、病理報告書などに分散しているため、被験者探しに長時間を要していた。
これに対し、Deep 6は自然言語処理というAI技術を用いて異なるシステムに蓄積されたデータをまとめ、研究者が特定の疾病をフィルタリングできるよう分類した。また、同社は患者の症状から病名を推測できるようソフトウェアを学習させ、病名が明確に記載されていない場合でも該当者にフラグを立てることを可能にした。
61の医療機関から成るテキサス医療センター(TMC)では、担当者が分厚い医療記録のファイルをもとに手作業で被験者探しを行っていたが、Deep 6のソフトウェアを導入して業務が大幅に効率化されたという。
「これまで、臨床試験の被験者探しは長く辛い作業だった」と同センターのCEO、Bill McKeonは話す。TMCの研究者らがDeep 6の導入効果を検証したところ、あるケースでは12名の被験者を手作業で探すのに6ヶ月を要したが、Deep 6のソフトウェアは数分で80名の候補者を抽出したという。
Deep 6のWout Brusselaersによると、同社はTMC以外に20もの医療センターや研究所、医療デバイスメーカーと契約を締結しているという。
医療機関をつなぐマーケットプレイス
Brusselaersは、シダーズ・サイナイ医療センターでの事例も紹介した。それによると、心臓病の研究に適した患者を探すのに、従来の手法では6ヶ月をかけて2名しか見つけることができなかったのに対し、Deep 6のソフトウェアは1時間以内に16名の候補者を抽出したという。
「現状、臨床試験の90%が延期されており、医療のイノベーションを停滞させているだけでなく、治療薬の完成を待ちわびている患者の生活に多大な影響を及ぼしている」とBrusselaersは話す。
Deep 6のソフトウェアは、医療システムのデータレイヤーの上層で動作するため、同社が患者の個人情報にアクセスすることはできない。Deep 6は、顧客企業からソフトウェアのライセンス料を得ている以外に、製薬会社や医療機器メーカーと医療センターを繋ぐマーケットプレイスを運営し、取引が成立した場合に手数料を徴収している。
臨床試験にAIを活用している企業は、Deep 6以外にも数多く存在する。例えば、病院用システムを手掛ける「Health Quest」は、IBMワトソンの臨床試験マッチングツールを利用している。また、ニューヨーク本拠のスタートアップ「Antidote」は、AIを用いて患者が参加できる臨床試験を簡単に探せるサービスを提供している。
創薬における他のプロセスにAIを活用する企業も多い。例えば、「Insitro」はAIを使って新薬候補を見つけ出す作業を大幅に効率化した。
現在、Deep 6の従業員数は42名だが、調達した資金を使って営業チームを拡充する予定だ。今回のラウンドを主導したのは、ベンチャーキャピタルのPoint72 Venturesだ。Deep 6は、フォーブスがAI分野で優れた実績をあげた企業50社を選出する「AI 50」ランキングに選出された。