経済のデジタル化が進み、知識労働の重要性が高まっている。その一方で、判断や推論を伴う複雑な思考を担える人工知能(AI)の開発が進む。AI時代に労働や企業組織のあり方はどのように変わっていくのか。東京大学名誉教授の松原隆一郎氏に聞いた。
松原隆一郎氏(まつばら・りゅういちろう) 1956年神戸市生まれ。東大工卒、東大大学院経済学研究科博士課程修了。東大大学院教授を経て、18年4月から放送大教授、東大名誉教授。
「知識を触媒する役割、必要になる」
――AIは労働にどのような影響を与えますか。
「AIを使い始めると人がやることがなくなってくる。決められたルールのなかで問題を解く作業で人はAIに勝てない。AIを使うルールを決めるのは人が手掛けるとしても、それはかなりの知識労働だ。その作業に特化しなければ人が利益を稼ぎ出せないとなると、現役世代分をまかなうだけの利益が出て、賃金として配分できるかわからない。AIの与えるショックは大きい」
――企業の組織のあり方はどのように変わっていきますか。
「知識労働は今後、一層クリエーティブにならなければ稼げなくなるだろう。互いに示唆を与え合い、新しい発想を生み出すことができる組織作りが重要になる。だが必ずしもフラット化した組織が求められるわけではない。中間管理職が情報の伝達役や抑圧的な上司にすぎないのなら必要はない。知識の触媒としての役割を果たすことができる存在が必要になる」
――日本企業は変化に対応できるでしょうか。
「20世紀を振り返ると、日本は組織で新しい発見を生み出してきた。たとえばトヨタ自動車では上層部の指示を待たずに現場で不具合を見つけて解決する仕組みを生み出した。一方、米国のテーラー方式ではホワイトカラーとブルーカラーが分離し、上の指示に下が従うだけだった」
「日本にテーラー方式が本格的に入ってきたのが00年代で、正社員から非正規に切り替えた時期と重なる。現場は上に言われたことを肉体労働としてこなすだけになった。組織や人間関係のなかで知識を生み出して利益をあげるという日本の成功モデルが崩れてしまった」
「日本、もっと世代交代進めよ」
――日本の資本主義のあり方をどうみていますか。
「株主や金融機関から資金を調達して事業をするべき企業が貯蓄主体になっている。これは資本主義ではない。もともと日本企業は株主への配当よりも事業投資を優先し、借り入れ過剰の状態だった。バブル崩壊後は逆に過剰に後ろ向きになり、負債を返し終えても投資をしなくなった」
「日本はもっと世代交代を進めるべきだ。将来何が起こるか分からないところで、投資してうまくいけばリターンを得る仕組みが資本主義だ。失敗したら結果責任をとるべきだが、不確実なことに対して責任を取る人がトップでなければ世代交代が進まず、社会が停滞する」
■記者はこう見る「デジタル人材の育成急務」
今井拓也
経済のデジタル化が進むなか、日本では人工知能(AI)の開発などを担う人材の育成が急務だ。米国のコンサルティング会社の推計ではビジネスの場で活躍するAI人材は世界に45万人。このうち日本は2万人弱で、13万人の米国や7万人の中国を大きく下回る。
データから新たな知見を生み出す知識労働の重要性が増すなか、組織のあり方も見直す必要がある。年功序列のような日本型の雇用では、高いデジタル技術を持つ若い世代が登用されたり厚待遇を受けたりしにくい。
デジタル人材の争奪戦は国境を越えて繰り広げられている。技術革新の担い手となる社員に権限を委譲するなど、従来にない発想で組織を作り直すことができるが今後の企業の成長力を左右する。
「逆境の資本主義」 1月1日連載スタート
日本経済新聞は1月1日、連載企画「逆境の資本主義」を始めます。資本主義の歴史を振り返りつつ、その未来を考えます。様々な課題に直面する資本主義の処方箋を探るべく、取材班は世界各地に足を運びました。専門家へのインタビューや豊富なデータ、現場の映像を交えて、資本主義の行方を探っていきます。