「移動式脳卒中ユニット」が治療開始までの時間を短縮
脳卒中を起こしているのに、搬送中の救急車が交通渋滞に巻き込まれるのは最悪の事態だろう。
しかし、乗っているのが脳卒中の診断や治療に必要な検査機器や治療薬などを備えた「移動式脳卒中ユニット(mobile stroke unit;MSU)」なら話は別だ。
米ウェイル・コーネル・メディシンのMatthew Fink氏らがニューヨーク市内の脳卒中が疑われる患者を対象に実施した研究から、MSUで搬送された患者は、通常の救急車で搬送された患者と比べて約30分早く救命に不可欠な治療を受けていたことが明らかになった。
この研究結果は、「Journal of the American Heart Association」12月4日号に発表された。
脳卒中は時間との闘いであり、「30分で、元通りに回復できるか、麻痺が残るかが違ってくる」とFink氏は説明する。
その理由は、何らかの原因で脳の血管が詰まって脳卒中を起こすと脳細胞に酸素が供給されなくなり、数分のうちに細胞が死滅していくからだ。
脳卒中の中で最も多い虚血性脳卒中は、血栓が脳への血流を塞いでしまうことが原因で起こる。
Fink氏らは今回の研究で、救急要請があった脳卒中が疑われる患者のうち、MSUで病院に搬送された66人と、通常の救急車で搬送された19人の計85人を対象に、アルテプラーゼと呼ばれる血栓溶解薬による治療の開始までにかかった時間を調べた。
MSUは、虚血性脳卒中を正確に診断できる移動型CT装置とアルテプラーゼを積載した緊急車両で、脳卒中の診断と治療の訓練を受けた脳神経内科医が乗務していた。なお、アルテプラーゼによる血栓溶解療法は、発症から3~4.5時間以内に開始すべきだと考えられている。
その結果、MSUで搬送された66人のうち29人が虚血性脳卒中と診断され、病院に向かう道中で血栓溶解療法が開始されていた。
それに対し、通常の救急車で運ばれた19人のうち9人は、病院到着後に虚血性脳卒中と診断され、血栓溶解療法が開始されていた。
それぞれの治療開始までの時間を比較したところ、MSUで搬送された患者では通常の救急車で搬送された患者と比べて、平均で約30分早く血栓溶解療法を開始することができていた。
Fink氏らによると、ニューヨーク市のような人口密度が高く混雑した都市でもMSUの利用がより迅速な治療の開始につながるのかどうかについて検討したのは今回の研究が初めてだという。
今回の研究には関与していないが、MSUで脳卒中患者の診断や治療に関わった経験がある、米国脳卒中協会(ASA)元会長のMitchell Elkind氏は、「研究結果は予想外のものだった。MSUは近くに病院がない地方の住民にとって有益だと考えていた人が多いと思う」と話す。
近年、MSUは都市部を中心に導入が進み、現在、全米の約10都市で稼働している。
しかし、高額なコストがMSUのさらなる普及を阻んでいる。MSUは、1台当たりの車両費および年間の運転コストがそれぞれ約100万ドル(約1億1千万円)かかる。また、専門家らによると、MSUが患者に長期的な利益をもたらすことを示したデータはほとんどない。
こうした中、Fink氏は現在、米国の複数の州の研究者たちと共同で、MSUと病院のいずれかで診断と治療が行われた脳卒中患者の長期的な予後を比較することを目的とした2年間の研究を進めている。取り組みは始まったばかりだが、同氏は、「今後MSUを取り巻く状況は変わる可能性が高い」との見方を示している。(HealthDay News2019年12月5日)