軌道変更に失敗し、国際宇宙ステーションとドッキングできず
米航空宇宙メーカーのボーイングは2019年12月20日、新型宇宙船「スターライナー」の無人試験機を打ち上げた。
当初は8日間かけ、宇宙飛行や国際宇宙ステーション(ISS)へのドッキングなどの技術を試験する計画だったが、打ち上げ直後にトラブルが発生し、予定していた軌道変更に失敗。ボーイングと米国航空宇宙局(NASA)は試験を2日間で切り上げ、22日に地球に帰還させた。
トラブルの原因は不明で、今後の開発や飛行計画への影響もまだわかっていない。
スターライナーとはどんな宇宙船か?
「スターライナー(Starliner)」は、ボーイングが開発した有人宇宙船で、国際宇宙ステーション(ISS)などに宇宙飛行士を輸送することを目的としている。コードネームはCST-100(Crew Space Transportation-100)で、また愛称のスターライナーは、B787の愛称ドリームライナーなどに合わせたものでもある。
米国航空宇宙局(NASA)は2000年代に、ISSへの補給物資や宇宙飛行士の輸送を民間に委託する計画を立ち上げた。その実施業者としてスペースXとボーイングの2社が選ばれ、スペースXは「クルー・ドラゴン」を、そしてボーイングがスターライナーを開発している。
NASAは2011年に、老朽化したスペース・シャトルを引退させ、以来ロシアに運賃を支払って「ソユーズ」宇宙船の座席を購入し、そこに米国や日本、欧州の宇宙飛行士を乗せて、ISSへ送っている。スペースXとボーイングには、ロシア依存からの脱却と、"米国の地から、米国の宇宙飛行士を、米国の宇宙船で飛ばす"ことの復活という、大きな期待がかかっている。
スターライナーは宇宙飛行士が乗り込む「クルー・モジュール」と、スラスターやタンク、バッテリーなどが収められた「サービス・モジュール」の2つから構成されている。
クルー・モジュールには最大7人の飛行士が搭乗でき、耐熱シールドなど以外の主要な構造物は、最大10回の再使用を可能としている。サービス・モジュールには、発射台上や飛行中のロケットから脱出する際に使う4基の強力なスラスターのほか、姿勢制御や軌道変更に使うスラスターが集まったポッド、そして底面には太陽電池を装備している。
スターライナーの開発は、技術的な問題や、NASAの予算不足などを理由にスケジュールが遅れたが、ようやく完成に近づきつつある。今年11月には発射台での事故を想定し、緊急脱出システムを使って宇宙船を脱出させる試験にも成功した。
そして今回の試験は、「軌道飛行試験(Orbital Flight Test)」と呼ばれ、スターライナーにとって初の無人での宇宙飛行であり、今後の有人での試験飛行や、そして宇宙飛行士の輸送ミッションの行方を左右する、きわめて重要なものだった。
打ち上げ成功も予定していた軌道に乗れず
スターライナーの無人試験機は、ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)が運用する「アトラスV」ロケットに搭載され、日本時間12月20日20時36分(米東部標準時6時36分)、フロリダ州にあるケープ・カナベラル空軍ステーションの41番発射台から離昇した。
ロケットは順調に飛行し、打ち上げから約15分後にスターライナーを分離。計画どおりの軌道へ投入した。
このときスターライナーと、アトラスVの2段目機体は、完全な地球周回軌道ではなく、近地点高度(地表に最も近い点)が約73kmと、大気圏の中に入り込んだ、サブオービタル軌道に入っていた。これは、もしスターライナーのスラスターなどにトラブルが起きても、そのまま自然に大気圏に再突入して地球に緊急帰還できること、またアトラスVの2段目機体を早期に大気圏に落として処分することを狙ったものである。ちなみにスペース・シャトルの打ち上げでも同じように、緊急時の帰還と、外部燃料タンクの処分を目的に、一旦サブオービタル軌道に投入していた。
そのためスターライナーは、分離から約16分後に、OMAC(Orbital Maneuvering and Attitude Control)と呼ばれるスラスターを噴射し、近地点高度を上げることになっていた。これは宇宙船側で自動で行われるはずだったが、しかしなんらかのトラブルが起き、噴射は行われず、軌道変更に失敗。さらにこのとき、姿勢制御用のRCS(Reaction Control System)スラスターが不意に、それも過度に噴射したことが確認され、燃料を大量に浪費した。
その後、地上の運用チームが異常に気づき、立て直すためのコマンドを送信。そしてRCSを噴射することで軌道上昇を実施し、これによりひとまず周回軌道に乗り、地球への不意の緊急帰還という事態は避けられた。その後も軌道修正を繰り返し行い、最終的に高度約250kmの円軌道に入った。
しかし、軌道の関係や、またRCSの過度な噴射などで燃料を大量に浪費したことから、ISSへのランデヴーやドッキングはできないと判断された。そのためボーイングとNASAは、可能な限り宇宙船の機能試験は行う一方、ISSへのランデヴー・ドッキングは中止。ミッションを途中で打ち切り、約48時間後に地球に帰還させることを決定した。
そして22日21時23分、スターライナーはOMACを使って軌道離脱噴射を開始。クルー・モジュールとサービス・モジュールを分離したのち、クルー・モジュールは大気圏に再突入し、パラシュートの展開などをこなしつつ降下。21時57分に、ニュー・メキシコ州のホワイト・サンズ・ミサイル実験場内にある、ホワイト・サンズ・スペース・ハーバーに正常に着陸した。詳しいデータの分析はまだだが、宇宙船に大きな損傷などはなく、着陸地点も予定していた地点のほぼど真ん中であるなど、結果は良好であると伝えられている。
●スターライナーにいったい何が起きたのか? 今後への影響と、大きな懸念
スターライナーになにが起きたのか?
いったいスターライナーになにが起きたのだろうか?
打ち上げ後の記者会見では、まずスターライナーのコンピューターが、MET(Mission Elapsed Time)と呼ばれる、打ち上げからの経過時間を間違って認識していたことが明かされた。
ボーイングの宇宙部門の責任者であるJim Chilton氏によると、このMETは打ち上げ前に、スターライナーがロケットからデータを読み取ることで設定する。しかし、なんらかの問題で間違った数値を取得してしまい、11時間ずれた時間で設定されてしまったという。
このため、スターライナーがMETから判断する自身の状態と、実際の状態とにずれが生じた。つまり、打ち上げから11時間後というと、すでに軌道に乗って安定して周回している状態であるにもかかわらず、実際の宇宙船は、ロケットからの分離直後の特殊な姿勢の状態だった。そこで、それを修正するため、想定外のRCSの噴射などが行われた一方で、本来必要な軌道投入のための噴射は実施されなかったのだという。
Chilton氏は記者会見で、トラブルの原因は不明で、調査中だとした。ただ、スターライナー側に問題があることは間違いないとし、アトラスVロケットには問題はなかったと強調した。また、ボーイングは通信衛星なども製造しているが、普通の衛星はロケットからの分離時をゼロとしてカウントするなど、スターライナーとはまったく異なる仕組みをもっており、再現性はないという。
また、この問題をめぐってはひとつ不運も重なった。トラブル発生直後、すぐに地上の運用チームがそれに気づき、自動操縦の解除と、手動で姿勢を立て直すためのコマンドを送信する作業が行われた。しかし、スターライナーの姿勢が、地上からの通信を受けるために適した状態ではなかったことから、実際にコマンドが届くまでにラグが生じ、その間もRCSが噴射され続けたことから、さらに推進剤を浪費する結果になったという。
なお、トラブル発生直後の説明では、データ中継衛星システムの「TDRSS」を使った際、中継に使う衛星の切り替え時のギャップが原因とされていたが、21日の説明では、宇宙船の姿勢のほうがより可能性の高い原因として挙げられている。
今後のスケジュールへの影響は不透明
今回のトラブルや、それによって試験が不十分に終わったことが、今後のスケジュールにどう影響するかはまだわからない。
Chilton氏は帰還後の記者会見で、帰還までに行うことができた試験や、そこから得られたデータなどから、ミッションは60%ほど達成できたとしており、また帰還後のカプセルからデータを取り出して分析すれば、試験目標の85~90%は達成できるだろうとも語った。具体的には、推進系の確認やISSとの通信試験、ドッキング・システムの試験、環境制御・生命維持システムの試験、そして最も過酷な大気圏再突入と着陸も成功。また、飛行中のクルー・モジュール内の温度や圧力、その他のパラメーターも正常だったという。つまり、打ち上げ直後のトラブルや、ISSにドッキングできなかったこと以外は、ほぼ試験は順調であったことを示している。
ただ、最終的に結論を出すにはまだ時間がかかるという。NASAの商業クルー・プログラム(commercial crew program)の副マネージャーを務めるSteve Stich氏は、軌道上から送られたデータの分析をはじめ、帰還したクルー・モジュール内のレコーダーから取り出したデータの分析も必要であり、それには2週間ほどかかることから、2020年1月までは結論は出せないとしている。
仮に、今回の試験だけでは不十分と判断され、同じような無人での飛行試験をもう一度行う場合、おそらく数億ドルの費用がかかるうえに、有人飛行の実施時期など、今後のスケジュールは数か月単位で遅れることになろう。
ちなみに今回の無人飛行試験の前、ボーイングとNASAは有人での試験飛行について、2020年の第1四半期に実施というスケジュールを発表していた。スペースXもほぼ同時期の実施を予定している。しかし、当初の予定からかなりの遅れが出ており、NASAではさらなる開発の遅れを懸念し、ロシアからソユーズ宇宙船の座席を追加購入することを検討していた。
もし、もう一度無人飛行試験を行うとした場合、その懸念は的中することになろう。
ぶっつけ本番で有人飛行を行う可能性も?
一方でStich氏は、「私たちには良いデータがあります。調べた結果、次のステップに進み、宇宙飛行士を乗せた飛行試験を行うことができるかもしれません」とも語り、必ずしも、同じような無人の飛行試験をもう一度行う必要はないかもしれないという、前向きな見通しを示した。
今回の問題がソフトウェアに起因することはほぼ間違いなく、修正は比較的容易であろうこと、また前述のように、ISSとのランデヴーやドッキングができなかったこと以外は、ほぼすべての試験目標を達成しているのも事実であり、そのような判断が下される可能性はあろう。一方、そうなればISSへのランデヴーやドッキングを、宇宙飛行士が乗った状態で、ぶっつけ本番で行うことになるため、リスクはやや高くなる。
これについて、NASAのジム・ブライデンスタイン長官も楽観的な見方を示している。記者会見では、「もし今回の宇宙船に宇宙飛行士が乗っていたら、問題が起きた際にすぐに気づいて問題を修正し、軌道変更やISSへのドッキングなども果たせていただろう」と語り、むしろ有人であればミッションは成功していただろうと語った。
しかし、それ自体は事実かもしれないが、それをよしとするのは非常に危険な考え方であろう。宇宙飛行士が乗っていたとしても、生命維持システムの故障などで操縦できなくなる可能性はつねにあり、そのために無人で飛行できる仕組みが存在する。どちらも正常であるという前提と保証がなされたうえで、初めて安全性というものが論じられる。そして、それでもなお、事故が起こってしまうのが宇宙飛行というものである。
そもそも、NASAとボーイング、スペースXとの間で交わされた契約では、「有人飛行の前に、宇宙船とISSのドッキングの実証を行うことが必要である」と書かれており、もし次に有人での試験飛行を行うなら、NASAはこの要件を放棄しなければならない。
NASAは過去に、チャレンジャーの打ち上げ失敗やコロンビアの空中分解など、スケジュールを優先したり、安全性やトラブルの兆候を軽視したりした結果、大事故を招いたことがある。スターライナーにおいても、開発が遅れていたり、ソユーズへの依存の一刻も早い脱却が求められていたりなど、これ以上のスケジュールの遅延は避けたいという事情があることはわかるが、それによって安全性が犠牲にならないこと願うばかりである。
2019-12-27 01:05:27