金融テクノロジーはここ10年の間に誕生し、大きく成長した。未来に目を向けて、次の10年には何が待ち受けているのか。初期的な変化のサインは見え始めていると思う。今後10年で、フィンテックが後方に回り、1カ所で集中管理され、そこで我々のお金が管理されるようになると、フィンテックはポータブル(サービス間を簡単に移動可能)でユビキタス(いつでもどこでも利用可能)になる。
2012年にフィンテックで働き始めたとき、他社に勝てる検索キーワードを探すのに苦労した。このセクターがそもそも何と呼ばれているのか誰も知らなかったからだ。この分野で最も有名な企業はPaypal(ペイパル)とMint(ミント)だった。
2000年から現在にかけての「フィンテック」のGoogle 検索ボリュームの推移
フィンテックはそれから認知度を上げ始めた。ベンチャーキャピタルからの投資が驚異的に増加したからだ。2010年の20億ドル(約2200億円)から2018年には500億ドル(約5兆5000億円)以上になった。今年は300億ドル以上(約3兆3000億円)になるペースだ。
さまざまな未来の姿が予想された。銀行は廃業していくか衰退する、テクノロジー大手が消費者金融に参入する、少数の企業がまとめて提供していたあらゆる消費者金融サービスがばらばらに提供される、銀行と大手フィンテック企業がスタートアップを飲み込んでセクターを統合する、スタートアップはそれぞれスタートアップのための銀行になる、フィンテック「バブル」が弾けるなどだ。
実際には次のようなことが起こった。フィンテックは非常に垂直化(同じ業界内で深化)した。現在も垂直化は進んでいる。金融サービスのオフライン支店がオンライン支店になり、効率化が進んだ。次の10年は全く違った景色が見えるはずだ。見落としがちな分野から初期的な変化のサインが現れ始めており、そこから得られる次の10年の金融サービスに関する示唆は以下のとおりだ。
ポータブルで相互運用可能:携帯電話と同様に、顧客は「キャリア」間を簡単に移動できる。よりユビキタスでアクセスしやすくなる:基本的な金融商品はコモディティ(ありふれた商品)となり、銀行口座を持たない市場参加者に「オンライン」によるアクセスをもたらす。後方への移行:金融ツールのユーザーは、ツールのプロバイダーと1対1の関係を築く必要がない。限られた場所で集中管理され「自動操縦」で運営される。
予想1:オープンデータレイヤー
仮説:データは自由に移動可能(ポータブル)になり、フィンテックにとって競争力を維持する堀ではなくなる。
個人データが2019年ほど注目を浴びたことはなかった。Cambridge Analytica(ケンブリッジアナリティカ)のスキャンダルとEquifax(エクイファクス)から1億4500万人に上る情報が漏洩したデータ侵害は、データセキュリティの重要性に関する世間一般の認識を新たにした。先月、下院のフィンテックタスクフォースが会合で金融データの基準について検討し、上院は消費者オンラインプライバシー権法を導入した。
最近のテクノロジー業界で聞き飽きた決まり文句は「データは新しい石油」。他の条件が同じなら、豊富なデータを利用して最高のフィンテックを構築するのは銀行だと考えるのは自然だ。ただ、データは必要だが、データだけでは競争力を維持する堀は十分に深くならない。優れたテック企業は、データの力を活かした顧客志向の製品を解釈、理解、開発する必要がある。
次の10年でそう変わるのはなぜか。金融サービスで利用される顧客データを取り巻く壁が崩れるためだ。これが今、新興のフィンテックイノベーターが数十億ドル(数千億円)規模の銀行と競争するチャンスを生んでいる。
欧州の比較的曖昧な法律であるPSD2(決済サービス指令)によるところは大きい。支払いデータのGDPR(EU一般データ保護規則)と考えてほしい。英国は2018年、オープンバンキング制度の下でPSD2ポリシーを実行に移した最初の国となった。このポリシーでは、すべての大手銀行が、消費者の承認を前提に、フィンテック企業に対し消費者データを解放する必要がある。したがって、銀行Aに預金を持ちつつ、その預金を活用してフィンテック企業Bから住宅ローンを借りたい場合など、消費者として自身のデータを活用してより多くの金融商品にアクセスできるようになる。
FDATA(金融データ・技術協会)のような団体は、オープンバンキングをグローバルに支援しようとする全く新しい動きを象徴している。米国では、5つの連邦金融規制当局が最近、オルタナティブデータ(投資や金融に関する非従来型のデータ)の利点に関する珍しい共同声明を発表した。オルタナティブデータは、ほとんどがオープンバンキングテクノロジーを通じてのみアクセス可能だ。
オルタナティブデータのようなデータレイヤーがオープンでユビキタスになると、データを豊富に持つ金融機関の競争上の優位性を損なう。最下層のフィンテック企業には民主化をもたらし、オープンにアクセスできるデータを利用して最高の製品を開発する企業に競争が開かれる。それでも、最高の製品を開発することは簡単なことではなく、それが予想2が重要になる理由だ。
予想2:オープンプロトコルレイヤー
仮説:基本的な金融サービスはシンプルなオープンソースプロトコルになり、企業が顧客に金融商品を提供する際の障壁が低くなる。
投資、資産管理、商品売買、銀行取引、貸出システムを想像してほしい。こういったサービスを提供する市場に参入するには、法律上および規制上のリスクを回避する観点から、サービスの核になる機能を厳密にテストする必要がある。次に、エッジケース(ユーザーによる例外的な利用状況)を除外し、コンプライアンスのためのインフラを構築し、サードパーティベンダーとの契約を利用して基本的な機能を提供し(例えば、Fintech Toolkit)、これらのシステムをすべて連携させる必要がある。
その結果、各々の金融サービスプロバイダーが開発する似たようなシステムが繰り返し複製され、開発した企業ごとにサイロ化(企業独自のシステムが並立)されてしまう。さらに悪いことに、旧来の勘定系システムプロバイダーが、COBOLなどの時代遅れの言語で書かれたモノリスシステム(単一のアプリケーションで構築されたシステム)で開発する。出来上がったサービスは相互運用されず、各銀行とフィンテック企業は、自身のコアサービスに必要な金融プロトコルを構築するエキスパートになることを余儀なくされている。
だが、次に述べる3つの傾向が、今日起きている変化の方向を示している。
第1に、Stripe、Marqeta、Apex、Plaidなどのプラットフォームのおかげで、構築するインフラとサービスのレイヤーが分離されつつある。そういった「Finance-as-a-Service」プロバイダーのおかげで、基本的な金融サービス機能は簡単に構築できる。インフラは現在、ホットな投資分野だ。もっと多くの企業が金融サービス市場に参入し、インフラ市場のリーダーがコモディティ化を回避して価格支配力を維持できるなら、将来もホットな投資分野であり続ける。
第2に、FINOS(フィンテック・オープンソース財団)のような業界団体が、オープンソースの金融ソリューションを推進している。フィンテックのさまざまなツールを支える基本機能のためのGitHubリポジトリ(ファイルやディレクトリの保管場所)を考えてほしい。開発者はツールのコードを継続的に改善できる。ソフトウェアは業界全体で標準化される。サービスプロバイダーが提供するソリューションが基盤となるインフラを共有していれば、相互運用性が向上する。
第3に、銀行と投資運用会社が、保有するテクノロジーの価値を認識し、ライセンス供与を始めている。 例えば、BlackRock(ブラックロック)の「Aladdin」リスクマネジメントシステムやGoldman Sachs(ゴールドマン・サックス)の「Alloy」データモデリングプログラムがある。これらのプログラムをクライアントに有償・無償で提供することで、銀行は新たな収益源を確保し、金融サービス業界内の連携が容易になり(業界内の言語がすべて標準化されると考えてほしい)、新たな顧客基盤を生む。獲得した顧客が有益なフィードバックを返し、バグを発見し、新しい便利な製品機能を求める。
Andreessen Horowitz(アンドリーセン・ホロウィッツ)のパートナー、Angela Strange(アンジェラ・ストレンジ)氏は「銀行と提携したり、ライセンス供与や規制関連の手続き、必要とする決済ネットワークをパッケージ化したりするインフラ企業がいくつか存在する。もし金融会社を始めたいなら、何年もかかって何百万ドルも使って提携関係を構築する必要はない。すべてサービスとして利用できる」と指摘する。
フィンテックが発展する過程は、コンピューターとほぼ同じだ。最初、ソフトウェアとハードウェアは一体だった。その後、ハードウェアとオペレーティングシステム(OS)が分離し、OSを中心としたエコシステムが構築された。そして、インターネットがオープンソフトウェアの世界を「Service-as-a-Software」によって切り開いた。今後10年間のフィンテックも、過去20年間のインターネットに似た展開を見せる。